第294話 川へ(1)

「貝採りに行こう!」


 アレックスがそう言い出したのは、みんなで囲う朝の食卓でのことだった。


「貝?」


 首を傾げて鸚鵡返しする私に、彼女は口の周りにオムレツの欠片を付けたまま、


「今はウェール貝が一番美味しくなる時期なんだ。オレ、毎年小遣い稼ぎに弟妹と採りに行ってたから、探すの得意なんだぜ。みんなで行こうよ!」


 ウェール貝は王都周辺の川に生息する二枚貝だ。そういえば、最近市場でもよく貝が量り売りされているのを見かける。


「この辺で採れるの?」


「近所の川にもいるけど、上流の方がいっぱいいるよ。ミシェルはウェール貝採りしたことないのか?」


「うん」


「えー! 王都っ子なのに?」


 王都は広い。私の生活圏には整備された用水路ばかりで近くに河原に下りられる大きな川はなかったし、家のことが忙しすぎて買い物くらいしか外に出る暇もなかった。


「シュヴァルツ様は?」


 水を向けられた将軍は、


「地方の砦にいた頃採りに行ったことがあるが、ジャリジャリしていて食いにくかった」


「それ、砂抜きしないで食ったんじゃね?」


 ……多分、正解です。


「じゃあ、じーさんは?」


 最後に話を振られたゼラルドさんは、よくぞ聞いてくれたとばかりに誇らしげに胸を張る。


それがしは海の男、魚介にかけては一家言ありますぞ。潮干狩りで熊手を持たせたら小一時間で身の丈ほどの貝の山を築きますぞ!」


「潮干狩りって何?」


 海に行ったことのない庭師が不思議そうに聞き返す。

 因みに私も祖父と母が生きていた頃はよく海に連れて行ってもらったので、砂浜で貝拾いをしたことがあります。綺麗な巻き貝を拾って喜んでいたら、中から出てきたヤドカリに驚いてギャン泣きしたのはいい思い出です。


「せっかくだから、ちょっと遠い上流まで行ってみようぜ。今度の休みの日なんてどうかな?」


「最近は暖かくなってしましたし、遠出するのも良いですな。貸馬車を手配致しましょうか? シュヴァルツ様」


「そうだな……」


 彼は少し考えて、


「今回は俺は行かん。皆で楽しんで来てくれ」


 ……え!?

 全員の注目が集まる中、シュヴァルツ様は飄々と続ける。


「貸馬車や他の費用は家から出せ」


「シュヴァルツ様、都合悪いの? じゃあ別の日にしようよ」


 食い下がる庭師に当主は苦笑する。


「気にするな。俺がいなくても問題ないだろう」


「でも……」


「おっと、そろそろ行かねば」


 話しながらも卵十個分のオムレツをぺろりと平らげたシュヴァルツ様は席を立った。


「いってらっしゃいませ」


 出勤するご主人様を見送ってから、アレックスは「あーあ」と不満そうに後頭部で手を組んだ。


「シュヴァルツ様が来ないんじゃ、つまんないなぁ」


「仕方がありません。シュヴァルツ様にもご都合がおありでしょう。休みの日にまで使用人に付き合うこともありません」


 ……そうよね、せっかくの休みの日にまで私達と過ごす理由はない。


「ミシェルは行くだろ?」


 アレックスに問われて、私は物思いに耽りかけた自分を浮上させる。


「う、うん。お弁当作るね」


「やった! オレ、ハムサンドがいい」


 はしゃぐ年下同僚に和みつつ、私は今日の業務に取り掛かった。

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