第279話 予期せぬ訪問者(2)
直射日光を避けた紗のカーテン越しの明かりが、絹のドレスに幻想的な光沢を浮かび上がらせる。
「ようやくここまで来たぞ……!」
ベルナティア様は感慨無量とばかりにトルソーに着せられた自分のドレスを見つめて呟く。
彼女が初めてガスターギュ邸に来てから半月、休日や諸用で来なかった日もあるので実質十日ほど。真っ白だったドレスは小さな花と細い葉で彩られて九分九厘咲きだ。細かいパーツを縫い付けていくのは実に根気のいる作業でした。残すは左胸の一角の装飾だけ。
「これなら夕方までに仕上がりそうだね」
陣頭指揮を取っていたアレックスも完成目前の作品を前に誇らしげだ。彼女が『ついでにベールにも装飾しようよ!』と言い出した時は目眩がしましたが、それもなんとか間に合いました。
「アレックス、ミシェル、本当にありがとう」
片手ずつで私達の両手を固く握り、近衛騎士団総長は瞳を潤ませる。
「こちらこそ、楽しかったです」
「感動の涙は式まで取っておきなよ、ベルナティア様」
一つのことを成し遂げる充実感は何物にも代えがたいです。
「さあ、あと一踏ん張りだ。とっとと終わらせちまおうぜ」
腕まくりするアレックスを、ベルナティア様が「待ってくれ」と制止する。
「ここから先は……一人で作業していいか?」
背の高い彼女が、背中を丸めて窺うような上目遣いで訊く。
造花作りは大変だった。ブルースターよりかなり多い量を使う予定だったので、ベルナティア様が帰った後も私とアレックスで小さな花をいくつも作った。針仕事の苦手な彼女に手を添えて縫い方を教えた。このドレスは謂わば私達三人の共作だ。だから……、
「勿論です!」
「うん、それがいいよ!」
私とアレックスは喜んで同意する。
半月一緒に過ごして、ベルナティア様の結婚式への……オリヴァー殿下への溢れる想いが伝わってきた。だから、最後は自分の手で仕上げたいという気持ちがよく理解出来た。
「ありがとう!」
ベルナティア様は両手を広げて私とアレックスを抱きしめる。グループハグはちょっとくすぐったいけど心地好い。
「では、作業を進めるぞ」
「オレは残った材料を片付ける」
「私は家のことをしてますね」
各自解散して、仕事に取り掛かる。
私が作業室を出ると、丁度カランコロンと門の呼び鈴が鳴る音がした。この時間だと、ゼラルドさんは買い物に出ているのかな。
「はーい」
私は玄関を飛び出し正門まで向かった。槍柵の向こうには屋根付き客車の立派な馬車が停まっている。誰が来たのだろう? と思ったら、
「やあ、ミシェルさん」
御者台から下りてきたのは、
「トーマス様!」
だった。まだお昼過ぎだから、シュヴァルツ様の帰宅時間には早い。それに、彼は徒歩通勤なのに。
「あの、シュヴァルツ様に何かありましたか!?」
私は大急ぎで正門の鍵を開けた。トーマス様が馬車で来たってことは、シュヴァルツ様が怪我でもして送ってきたのかもしれない。
焦る私の前で客車のドアが開かれる。トーマス様が手を引いて、客車のタラップを下りてきたのは……、
「こんにちは、ミシェル嬢。また会えたね」
「あなたは……!」
ふんわりと微笑む夢のような美貌。
第三王子オリヴァー殿下だった。
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