第278話 予期せぬ訪問者(1)トーマス語り
「ふああぁ〜〜〜」
遠慮なく腕を伸ばして大あくびをする。昼食後ってとにかく眠くなるよな。
ぽかぽか暖かい日が差し込む午後のガスターギュ将軍執務室は静かで、見えない睡魔が補佐官の俺トーマス・ベインを優しく夢の世界へと誘う。
このまま睡魔の誘惑に身を委ねてしまいたいが……如何せん、事務机には書類の山。とっととこれを攻略しないと残業になってしまう。
とりあえず面倒な申請書類を先に書き上げて、あとで纏めて将軍にサインをもらうか。と、段取りを組みながら羽ペンをインク壺に浸し……、げっ! 紅茶のカップにペン先入れちゃったよ。
「あ〜も〜、やる気でねぇ」
思わず書類の上に突っ伏す。いっそ昼寝しちゃおっかな。今は怖い上官の目もないし。ちょっと寝て頭をすっきりさせた方が仕事の効率も上がるよな、きっと!
ほんの少しだけ。ほんの一瞬だけ……。
俺が瞼の重さに任せてゆっくりと目を閉じた、その時。
コンコン。
ドアの向こうから軽快なノックの音が聞こえた。ちっ、邪魔が入ったか。
「どうぞ」
俺は右手にペン、左手に書類を持って『めっちゃ多忙です』感を装いつつ返事をする。ノブが回り、ひょこりと顔を覗かせたのは、陽の光のようなプラチナブロンドの青年。抜けるような白い肌とエメラルドの瞳を持った彼は、
「オリヴァー殿下」
我が国の第三王子、オリヴァー・クイーネ・フォルメーアだ。彼は将軍執務室に足を踏み入れると人懐っこい笑顔を俺に向けた。
「こんにちは、トミー」
愛称で呼ぶな。
「どうされたのですか? 殿下。わざわざこんな所まで」
オリヴァー殿下は滅多に王城から出ない人だ。城壁外の軍総司令部に来るなんて珍しい。
彼はにっこり笑って、
「殿下なんて堅苦しい。オリーって呼んでよ」
呼ばない。
「シュヴァルツ将軍に会いに来たんだけど、いないの?」
空の執務机に目を遣る王子に、俺は立ち上がってドア横の応接スペースのソファに彼を案内する。
「ガスターギュ閣下は視察に出ていて直帰です。今日は戻ってきませんよ」
「トミーは一緒に行かなかったの?」
「俺はこっちがありますから」
オリヴァー殿下を座らせつつ、俺は親指で
「将軍に言付けがあるなら承りますよ」
だから早く帰ってくれ。うんざり気味の俺を気にも留めず、王子はにこにこと、
「最近、僕の婚約者が将軍の家に通っているって噂を聞いたんだけど、トミーは何か知ってる?」
……おっと。
ベルナティア総長の噂は俺の耳にも届いている。そのことについて、直接上官に問い質したことはないが。
「知りませんけど、うちの将軍もベルナティア総長も二心を抱く人間じゃないでしょう」
呆れた調子で返すと、彼も当然とばかりに頷く。
「うん。僕もそこは心配してない。ティアは僕にぞっこんだから」
大した自信っすね。
「でも、何しているのか気になるじゃない?」
……まあ、多少は。
オリヴァー殿下は天使のような顔を綻ばせ、小悪魔っぽくウインクした。
「ね、トミー。僕のお願い聞いてくれる?」
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