第277話 ふわふわパンケーキ(2)
香ばしい湯気を漂わせるスキレットを火から下ろし、中身を慎重に皿に移す。ホイップクリームと薔薇ジャムを添えて、ふわふわパンケーキの完成です!
「おお! 何だこれは!」
表面はきつね色で側面はクリーム色。高さのあるパンケーキにシュヴァルツ様は目を輝かせる。
「朝食のパンケーキとは厚さが全然違うな! 店で出るヤツみたいだ」
朝食用はベーコンや野菜にも合うように甘みを減らして平べったく焼いてますからね。今回は見た目も味もデザート仕様です。
「生地にメレンゲを混ぜてふわふわに焼き上げました」
「流石卵だ。用途に因って形を変え、常にいい仕事をする」
万能選手ですね。将軍にここまで褒められれば、卵も本望でしょう。
「堪らん匂いだな」
シュヴァルツ様はゴクリと喉を鳴らしながら、ナイフとフォークを手に取った。サクリと柔らかいパンケーキにナイフが入る。
うん、中までちゃんと火が通っているな。
私がこっそり断面を覗き込んでいると、大きめに切り分けたパンケーキにクリームとジャムをたっぷり塗ったシュヴァルツ様は、それを口に運ぼうとして……ふと気づいたように手を止めた。
「ミシェルの分はないのか?」
へ?
訊かれてキョトンとする。
「ありません。そちらはシュヴァルツ様にご用意した物ですから」
その答えに、彼は窺うように眉間にシワを寄せて、
「ほら」
パンケーキの刺さったフォークを私に差し向けた。
「食え」
「ええぇ!?」
な、なんで? あ、もしかして、焼き加減を確認していたのを食べたいと勘違いされた!?
「いえ、大丈夫です! お腹いっぱいですから!」
「遠慮するな」
しますって!
狼狽える私を真っ直ぐ見つめ続けるシュヴァルツ様。ああ、どうしよう。
「で、では、一口だけ……」
私は意を決して、差し出されたフォークに齧り付く。芳醇な薔薇の香りが鼻から抜け、メレンゲたっぷりのパンケーキが口の中でほろりと崩れる。
「どうだ?」
「おいひい、れす」
シュヴァルツ様の切った一口大は私には大きくて、なかなか飲み込めません。
彼は私の顔に満足そうに頷くと、残りのパンケーキにそのままフォークを突き刺そうとして……!
「むーーーっ!!」
私は慌てて丸太のような上腕にしがみつく。
「ど、どうした、ミシェル?」
驚くシュヴァルツ様に私は必死でフォークを取り上げながら口の中の物を嚥下する。
「新しい、フォークを、お持ちします」
息を切らせつつ、なんとかそれだけ宣言する。
「新しい? 別にこのままでも構わんが」
こっちが構うのです!
状況が解らず困惑するシュヴァルツ様に「少々お待ち下さい」と断って、私は居間を出た。
……まったく、シュヴァルツ様ってこういうところは無頓着なんだから。
私は閉まるドアを背に手の中のフォークを見つめ――
「ふふっ」
――自然と頬が緩んでしまった。
その後、すぐに代えのフォークを持っていったけど……。
シュヴァルツ様に食べさせてもらったフォークは、洗ってなんとなく自室の引き出しの奥にしまっておきました。
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