第245話 星繋ぎの夜会(15)

 ――その時私は、会場内に戻ってアレックスを探していた。

 中心には巡り星の大樹とダンスフロア、それらの外側に点在するテーブル席を見回しながら歩いていると……。

 あれ?

 談笑する貴婦人達の間に赤いポニーテールが飛び跳ねた気がして立ち止まる。数歩戻って確認すると、ドレスの女性に囲まれた少年従者のお仕着せの姿が。

 アレックスは年の割に背が高い方で、今日は厚底ブーツ装備で更に嵩上げされているけど、周りの貴婦人のハイヒールと広がったドレスの布地、そして盛られた髪の山脈に覆い隠されて見えなかったのだ。

 ああ、やっと見つけた!

 私がほっとして連れ帰ろうと足を向けると、


「下僕が貴族に逆らうな!」


 いきなり鋭い恫喝が辺りに響いた。

 え? 何? 揉め事?

 目を凝らすと、アレックスの前に黄緑の夜会服の青年貴族が立っていて、彼が何かをわめきながら近くにいた給仕係の手からドリンクのトレイをはたき落としているのが見えた。


 ガシャガシャガシャン!!


 派手な音を立てて砕けるグラスと転がるシルバートレイ。大理石の床にはカラフルな水溜りが広がっていく。あまりのことに貴婦人達も悲鳴を上げる。


「も、申し訳ありません!」


 給仕係は血相を変えてグラスを拾おうとするが、しゃがみこんだ彼を青年貴族が「どけっ!」と蹴りつけた。


「ここの掃除はあいつにやらせる!」


 黄緑の袖を伸ばし、青年貴族がアレックスを指差す。私はすぐに駆け寄りたいのに、騒ぎに気づいて立ち止まる人や大きなテーブルに進路を塞がれ、思うように動けない。


「なんでだよ?」


 つっけんどんなアレックスの声。


「お前のせいでこうなったんだ。ほら拾え。俺の靴も濡れたぞ、跪いて拭けよ」


「意味わかんねー。なんでオレが……」


「お前、どこの従者だ?」


 アレックスの反論の声を青年貴族が押し潰す。


「国王陛下の夜会を台無しにした罪、主に償ってもらおうか」


「はぁ!? シュ……ご主人様は関係ないだろ!」


 途端に狼狽えた従者の弱点を見つけて、貴族は嗜虐的に追い打ちをかける。


「なら、謝れよ。靴を舐めたら許してやるぜ?」


 ……っ!

 せせら笑う青年にアレックスはブルブルと肩を震わせている。


「ほらほら、早くしろよ。ご主人様に言いつけるぞ?」


 彼女は悩んだ。恩人への義理と、自分のプライドとの間で。そして……。

 血が滲むほど唇を噛んで、アレックスが膝を折……ろうとした瞬間。


「お待ち下さい!」


 ようやく私が、倒けつ転ろびつ二人の間に滑り込んだ。

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