第234話 星繋ぎの夜会(4)

 ターンするとふわりとスカートの裾が広がる。

 既製品のハイヒールはサイズが大きくてつま先に詰め物をしても靴の中で足が滑るし、踵は擦れてズキズキ痛い。コルセットはきつくて息が苦しいし、頭に盛られた造花とパールと自分の髪の重さで首がもげそう。

 ……オシャレって忍耐です。

 しかし、そんな努力はおくびにも出さず、優雅な貴婦人を演じ続ける。気分は湖に浮かぶ白鳥だ。


「シュヴァルツ様、ダンスお上手になられましたね」


 彼にだけ聞こえる音量で囁くと、目尻だけ下げた苦笑が返ってくる。


「ゼラルドに猛特訓させられたからな」


 ガスターギュ家当主は四角四面な軍人気質の家令を信頼しているので、基本的に年嵩の彼の助言や指導を受け入れている。……たまに逃亡していますが。

 それにしても、シャンデリアの下でダンスするシュヴァルツ様は、初めて会った時とは別人みたい。

 あの頃の彼は、髪も髭も伸び放題で、ヨレヨレの軍服で……。


「どうした?」


 小さく思い出し笑いした私の顔を、シュヴァルツ様が訝しげに覗き込んでくる。


「いえ、何も」


 傷の多い厳つい顔。でも鋭い中にも優しさの宿る黒い瞳は、今もあの頃も変わらない。

 一曲終わるタイミングで、私達はダンスフロアを離れた。


「お疲れ様です、シュヴァルツ様、ミシェル様」


 テーブル席へと向かうと、すかさずゼラルドさんが椅子を引き、私達を座らせてくれる。


「お飲み物をどうぞ。軽く摘める物もご用意いたしました」


 テキパキと背の高いフルートグラスと数種類のフィンガーフードが盛られた皿が差し出される。至れり尽くせりです。


「ミシェル、聞いてよ。じーさんが俺は座っちゃいけないし、飯も食うなっていうんだぜ」


 私の背後に立ってぶうたれる男装従者を、老家令が「これ!」と嗜める。


「侍従が夜会で招待客の席に着くなどありえません。それと今は『ミシェル様』とお呼びするように」


 ゼラルドさんのお小言に、ますます頬を膨らませるアレックス。

 ……あらら、夜会に連れて来たのは失敗だったかな?


「ごめんね、私が無理に誘ったから」


 しゅんとする私に、ゼラルドさんが「いいえ」と答える。


「この会場は、アレックスがガスターギュ家の使用人として成長する良い実践の場です。ビシバシ指導していきます故!」


 ああっ、ゼラルドさんが鬼教官モードに突入していますよ! きっと、私達がダンスをしている間にも指導されてたんだろうなぁ……。


「アレックス、お腹が空いていたら従者の待機所へ行ってきたら? トーマス様が軽食が置いてあるって言ってたよ」


 援護する私に、少女は上目遣いに考えて、


「それなら、中庭に出ていい? どんな庭造りしてるのか見てみたい」


「ええ、用がある時は呼びに行くね」


「うん! じゃあ行ってくる!」


 途端にウキウキと跳ねるように会場を出ていくアレックス。それを見送ってからゼラルドさんは口髭をなぞりながら冷ややかに呟く。


「……今宵のミシェル様はガスターギュ家当主のパートナー。従者を『用がある時は呼びに行く』では、女主人として本末転倒ですぞ」


 う……っ。人に嫌われたくなくていい顔しちゃうのは私のダメなところだ。


「もっと頑張りマス……」


 令嬢らしくなく肩を落とす私の隣で、シュヴァルツ様は料理の皿を空にしていました。

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