第233話 星繋ぎの夜会(3)
広い会場内をぐるりと見渡すと、美しく着飾った紳士淑女の中に国王陛下のお姿は見つけられなかった。
招待客は主催者にご挨拶するものなのだけれど、まだお越しになられていないのかしら。
直接お会いしたことはないけれど、私もフォルメーア国民なので、陛下のお顔は肖像画で知っている。
主催者不在の中でも楽団が演奏を始めると、巡り星の樹の根本では招待客が手を取り合って踊り出す。中央のダンスフロアを囲むように設置されたテーブル席ではグラスを傾け談笑する招待客の姿も。西側の大窓の向こうはサンルームになっていて、篝火でライトアップされた中庭を眺めながら休憩できるソファもある。
とりあえず、普通に夜会を楽しんでいればいいのかな?
「これからどうしましょう? シュヴァルツ様」
「座って飯でも食って、適当に引き上げよう。『夜会の招待に応じた』という既成事実は作ったし、ダンスも無理にする必要はなさそうだからな」
見上げる私に、しれっと返すシュヴァルツ様。……大概やっつけ仕事ですね。
まあ、目立たず会場を出れるなら、私的にもありがたいです。
「シュヴァルツ様、あちらの席がよろしいかと。ご案内いたします」
瞬時にゼラルドさんが空いているテーブルを見つけて来てくれる。さり気なくフードカウンターに近い席へと先導する家令に続いて歩き出すと――
「もうし、ガスターギュ閣下ですか! お会い出来て光栄ですぞ」
――一歩目で声を掛けられた。
「……どうも」
総刺繍の重そうな夜会服の中年男性にシュヴァルツ様は挨拶を返すけど……多分、誰だか判ってないっぽい。
「閣下の数々の武勇伝、直にお聞きしたいと思っていたのですよ。ぜひ我がテーブルに!」
「いや、私は……」
彼が淡々と断り文句を口にしようとした……その時。
「やや! シュヴァルツ卿ではないか! 夜会に出るとは珍しい。こっちに来て話をしようじゃないか」
「なんと、ガスターギュ将軍がお出でか! 丁度いい、紹介したい者が……」
「まあ、あの方が噂のガスターギュ将軍? 本当に大きいわね」
「でも噂ほどトロ……コホン。野性味溢れた方でもないわね」
「むしろ噂よりずっと……。わたくし、ダンスに誘ってみようかしら?」
途端に紳士淑女が押し寄せてきた!
シュヴァルツ様は社交界に滅多に姿を見せないけど、祖国の英雄で地位も資産もある適齢期の独身貴族だ。……そりゃあ、お近づきになりたい人は大勢いるよねぇ。
あっという間に彼を取り囲む人の輪に、半歩後ろに居た私はすっかり将軍の影に隠れてしまう。誰も私に興味を持たず、まるで自分が透明人間になったみたい。……空気になるのは慣れていますが。
家にいると当たり前に感じてしまうけど、やっぱりシュヴァルツ様って凄い人なんだ。
……私なんかが一緒に来て、場違いだったな。
俯きかけた瞬間、ぐいっと力強い手に肩を抱き寄せられた。
「お申し出はありがたいが、今宵は先約がいるので」
重厚な声に振り仰ぐと、シュヴァルツ様が同意を求めるように私を見つめていた。
……いけない。勝手に落ち込んでいる暇はない。今夜の私の役目はシュヴァルツ様の露払いだ。
私はこっそり息を整え、余裕の笑みでにっこりと頷いて見せる。ただの添え物ではなく、将軍に見合うパートナーを演じなければ。
「行こう」
私の手を取りダンスフロアに向かうシュヴァルツ様に、囲んでいた人の輪が割れていく。
「……結局ダンスをする羽目になったな」
ホールドを組みながら唇を尖らせる彼に苦笑する。
「まあ、踊っている間は誰にも話しかけられませんから」
あの包囲網を突破するには、ダンスが一番の口実だった。
でも、人を寄せ付けない為だとしても……こんなきらびやかな舞台で正装のシュヴァルツ様と踊れるのは、ちょっと嬉しいかも。
楽団が奏でているのは、フォルメーア王国社交ダンスの定番曲。以前、ゼラルドさんが屋敷の玄関ホールで弾いた曲だ。
私達は練習通りに口の中でカウントを取りながら、曲に合わせてステップの始めの一歩を踏み出した。
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