第235話 星繋ぎの夜会(5)

「もう少しお食事をお持ちしましょうか」


 空の皿を給仕係に下げてもらうよう指示しながら、ゼラルドさんが言う。


「食い物など好きな時に自分で取って来れる。俺の世話は焼かんでいい」


「そうはいきません。シュヴァルツ様のお世話をするのが某の仕事、主人の手を煩わせることは出来ません」


 うんざり気味のシュヴァルツ様にキリリと返した老家令は、今度は私に向き直り、


「ミシェル様のグラスも空いていますね。ビバレッジカウンターにお酒抜きのフルーツパンチがありましたが、いかがでしょう?」


「はい、お願いします」


 頷く私に、彼は僅かに眉間にシワを寄せた。


「侍従に敬語もお願いも無用ですぞ、ミシェル


 ……『それでいいわ』が正解答でした。

 人混みを流れるようにすり抜け食事を取りに行くゼラルドさんの背中に、シュヴァルツ様は呆れたように苦笑した。


「ゼラルド、随分楽しそうだな」


「水を得た魚ですね」


 地方領主の執事だったという彼は、礼儀やしきたりをとても重んじる人だ。こういうフォーマルな場が性に合うのだろう。


「俺はどうもパーティーには慣れんな。去年の晩餐会の時も、後ろから何度もチマチマ皿やグラスを替えられるのが鬱陶しかった。給仕係に食った気がしないから全皿いっぺんに持って来いと言ったら、何故か泣かれたぞ」


 釈然としない顔で頬杖をつくシュヴァルツ様。

 ……そりゃあ、給仕係の方もさぞかし困惑したでしょうねぇ……。

 ガスターギュ家うちでは使用人を中座させない為に料理は全部テーブルに並べちゃいますけど、そっちが特別なのですよ。

 トーマス様に去年の晩餐会のことを色々聞いてみたい気もするけど……やっぱり怖くて聞けません。

 私と会う前のシュヴァルツ様って、どんな感じだったのかな?

 シュヴァルツ様と会わなかったら、私は今頃……。

 うっかり物思いに耽り掛けた私の背後から、不意に涼し気な声がした。


「ごきげんよう、ガスターギュ閣下、ミシェル」


 振り返ると、ガスターギュ家の社交界での数少ない知り合い、ロクサーヌ・コーネル伯爵令嬢が立っていた。その斜め後ろには、従者のクリスさんの姿も。


「ロクサーヌ様! ご無沙汰しております」


 私は慌てて立ち上がって、スカートの裾をつまんでお辞儀をする彼女に挨拶を返す。


「あら、そんなにお久しぶりでもないわよ?」


 彼女はコロコロ笑いながら私達のテーブルの空いている椅子を視線で指し示す。


「座っていいかしら?」


「構わない」


 シュヴァルツ様の言葉にクリスさんが椅子を引き、ロクサーヌ様が腰を下ろす。


「クリス、何か飲み物を」


「畏まりました、お嬢様」


 さすが生粋のご令嬢、従者の扱いも自然です。

 ……いえ、私も多分生まれた時から令嬢のはずなのですが。

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