第220話 ミシェルのドレス(4)
時は否応なく過ぎていく。
今日から本格的にドレスのリメイク開始だ。素材はビスチェタイプのドレス。スカートは大きく膨らんだボリュームのあるラインなので、今風に下地を減らして裾が自然に広がるラインにする。とはいえ、ボリュームを抑えすぎても体格の良いシュヴァルツ様と並ぶと貧相に見えてしまうので、バランスを考えなければ。
「こんなもんかな?」
自分の身長と同じ高さに合わせたトルソーにドレスを着せて、色々な角度から眺めてシルエットを確認する。細かい調整には単体のパニエを使おう。
それから……。
「デコルテラインをどうするかよね」
谷間の切り込みが深いビスチェは私には難易度が高い。上手く布地を足して誤魔化したいのだけど。
「レースでホルターネックを作ろうか。でも、せっかく買ってもらったネックレスを目立たせたいし……」
「お、また独り会議してんの?」
ミシンの置いてある二階の客室(勝手に裁縫部屋と呼んでいます)で悩んでいると、例のごとくアレックスが顔を出す。でも、
「なぁに? 独り会議って?」
首を傾げる私に、少女はニヘッと笑う。
「だって、ミシェルは悩むとずっと独りで喋ってるから」
……声に出した方が考えが整理できるタイプなのです。
「で、今日の議題はなんなの?」
「ここのデザインなんだけど……」
私はドレスのビスチェ部分を指差す。
「ここをもうちょっと控えめに華やかにしたいんだけど」
「なにその矛盾」
私の怪しげなフォルメーア語に、アレックスは露骨に眉を寄せる。彼女は唇を尖らせて「う〜ん」と考えると、突然閃いたとばかりに手を打って、なにやら裁縫箱をガサゴソし出した。
「こういうのはどうかな?」
言いながらハサミで迷いなく白い端切れを切り刻み、手芸用ノリを塗ってビーズと組み合わせて……。
「ほら」
掌に載せて差し出された物に、私は驚きの声を上げる。
「これ、ジャスミンの花ね!」
たった今作られた白い小さな布の花は、本物と見紛うばかりの出来栄えだ。
「こういう花を飾りにするのはどうだ?」
「素敵! ドレスと同系色の布で花を作れば、派手すぎない良いアクセントになりそう」
思いもよらないところから、問題の解決策が飛び出した。ウォークインクローゼットの隅に何枚か絹の端切れが残っていたから、それが役立つだろう。
「すごいね。アレックスにはこんな特技があったんだ」
手放しに絶賛する私に、彼女はえへんと胸を張る。
「花の少ない冬の結婚式では、こういう布の造花を装花に使ったりするんだ」
「そうなんだ」
「親父が働いてない時に庭師仲間のおかみさんに紹介してもらって、しばらくこの仕事してたんだ。オレ、結構センスいいって誉められてたんだぜ」
無邪気に自慢するアレックスに胸が切なくなって……、思わず私は彼女の首に抱きついた。
「わっ! なんだよ、急に」
「……なんとなく、ギュウってしたくなったの」
もがくアレックスの頭を抱えて、赤毛をなでなでする。
この子も苦労してるんだよね。頑張った分、これからたくさん報われて欲しいな。
複雑な顔でしばらくされるがままになっていたアレックスは、頃合いを見て私を引き離した。
「ほら、そろそろ作業しないと時間がなくなるぜ」
「そうだね」
私も気持ちを切り替える。
「このお花って、どんな種類でも作れるの?」
「オレが知ってる花ならね。今回はドレスが水色だから、ブルースターとかどうだろう」
「ブルースター?」
「文字通り、星の形みたいな青い花」
それは星繋ぎの夜会にぴったりだ。
「じゃあ、まずは花の型紙を作るぞ」
「はーい。アレックス先生!」
私達はせっせと造花作りに勤しんだ。
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