第219話 みんなで買い物(3)

「……目がチカチカする」


 シュヴァルツ様が黒い瞳を険しく細めるくらい、店内はきらびやかだ。彼は近くのショーケースを覗き込むと、青い石のついた指輪の値札の0の数を数えて感心した声を上げた。


「ほう、この指輪一つで荷馬車五十台分の麦が買えるぞ」


 ……物価の基準が兵糧……っ。


「で、ミシェルはどれが欲しいんだ?」


「ひっ!」


 くるりと振り返られて、私はビクッと肩を震わせる。


「あの……最低限の品でいいです。なるべく手頃な物を……」


 使用人がご主人様に宝石を強請るなんて恐れ多い。萎縮しまくっている私の横に、すっとゼラルドさんが並び立つ。


「ミシェル殿、しっかりお選びなさいませ。シュヴァルツ様は我が国の将軍で、星繋ぎは格式ある夜会。同伴者も相応の物を身につけなければ」


 ……そうですよね。私が貧相だと、笑われるのはシュヴァルツ様だ。それは……絶対に嫌だ。私は小さく深呼吸して覚悟を決める。


「ちなみに、ご予算はいくらくらいでしょう?」


 財政担当の家令にこっそり訊いてみると、彼は口髭を蓄えた唇を私の耳に寄せて囁いた。


「――です」


「……っ!!」


 荷馬車五十台分の麦より多いですけど!

 よし、こうなったらあまり値段を見ないように選ぼう。多分、常識的に選べば予算は超えないはず。多分。


「ねーねー、おねーさん。これ試着していい?」


「きゃー! 素手で触らないで! それは国宝級の展示品で……」


 アレックスが店員さんを困らせている間に、私はショーケースをくまなく見て回る。そして、とあるケースの前で足を止めた。

 飾られていたのは、真珠の髪飾りとネックレスとイヤリングの三点セット。蔓のような金の装飾があしらわれていて、華美過ぎず上品なデザインだ。


「これがいいです」


 指差す私に、シュヴァルツ様が寄ってくる。


「これか? もっと色のついた宝石でもいいんだぞ」


 値段を見た彼がそう勧めてくるけど、私はいいえと首を振る。


「これが気に入りました。それに、金の装飾はシュヴァルツ様の黒い衣装――」


「黒橡」


「――黒橡の衣装にも合いますから」


 途中、ゼラルドさんの訂正が入ったけど、なんとか言い切った。

 シュヴァルツ様はふっと笑って、


「そうだな。これが一番ミシェルの髪に映えそうだ」


 メイドキャップに隠れていない私の前髪をサラリと指先で撫でた。


「では、ついでにこれと同じカフスボタンも貰おう。ゼラルド、支払いを」


「御意」


 買うものが決まれば後は興味がないらしい。恭しく頭を下げるゼラルドさんを置いて、シュヴァルツ様は踵を返し店外へと出ていく。


「あのぉ。失礼ですが、うちの店はご新規様には月賦払いはお断りしてますのよ」


 最初から格下認定の店員に、ガスターギュ家の家令はドンッとカウンターに革袋を置いた。これみよがしに口紐を解き、


「……で、おいくらですかな?」


 目もくらむようなぎっしり詰まった金貨の輝きを見せてニッコリ微笑む。途端に彼女の目がフォルメーアの通貨マークに変わった。


「まあ、ありがとうございます! ぜひ、こちらの顧客名簿にお名前をいただけますか? 次回のご商談の際は貴賓室にお通しいたしますわ。良い品が入りましたら、お屋敷の方に伺っても……」


 瞬時に上顧客への接客態度に変貌した彼女に、ゼラルドさんは完璧な営業スマイルを崩さず言い放つ。


「いえ、結構。今回は急な入用でやむを得ずこちらを利用させていただきましたが、次回からは正しく当家の格に合う店を選びますので」


 ……笑顔って、こんなに怖い表情だったんだ……。

 真っ青になった店員さんから商品を受け取って、私達は宝飾店を後にした。

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