第215話 ミシェルのドレス(2)

「これなんかどうかな?」


 深い紫色のドレスを見せると、アレックスはうむむと呻く。


「ミシェルっぽくないな。もっと淡い色が似合うよ」


「そっか」


 言いながら、衣装の森を探る。


「ドレスは髪や目の色に映える色の方がいいよね。髪型もどうしよう。私、地味な栗毛だから飾ってもあんまり華やかにならないし……」


 独り言のような呟きに、アレックスが「えー!?」と抗議の声を上げた。


「何いってんの? ミシェルの髪、綺麗じゃん。ふわふわで豊穣の大地色!」


 目に鮮やかな美しい赤髪の少女に力説されると戸惑ってしまう。濃淡はあれど茶色はこの国で一番多い髪色だ。私からしたら、他の髪色の方が羨ましい。父だって、母譲りの栗毛に榛色の瞳の私より、金髪碧眼の義母義姉を自慢に思っていた。


「私はアレックスの髪の方が素敵だと思うな。秋の紅葉色」


「だろ? この色はウッドワード家の自慢なんだ」


 ふんぞり返る庭師の自信が眩しい。私もそんな風に出自を誇れる自分でありたかった。


「何を騒いでいるんだ?」


 ドレスを前にお喋りする私達の元に、シュヴァルツ様がやってきた。その途端、アレックスはニヤッと微笑んで、


「ミシェルの髪が綺麗だって話」


 とんでもないことを言い出した!


「ちょ、アレッ……」


「シュヴァルツ様もそう思うでしょ?」


 慌てる私を物ともせず、いたずらっ子の庭師が続ける。ご主人様はあっさり頷いて、


「ああ。俺は栗毛が好きだぞ」


 その返答に、ドキンッ! と心臓が跳ねる。す、好きって……!?

 顔に血が上り、熱くなった頬を私が両手で挟んだ……直後。


「赴任先で俺が乗っていた馬も栗毛だった。気性が穏やかで、よく働いてくれた」


 続いた台詞にスン……と冷静になる。


「あ、ありがとうございま……す?」


 一応、誉められたのでしょうか? なんとなく釈然としませんが。


「で、何をしているんだ?」


「ドレスを選んでいました」


 さして広くない衣装部屋の中。体をずらして吊るしたドレスの行列を見せると、シュヴァルツ様は呆れた風に息をついた。


「そんな古着から選ばなくても、新調すればいいだろう。勿論、家の経費から出すぞ」


 ……私もできればそうしたいのですが。


「今回は時間がありませんから」


 装飾の多いイブニングドレスを今からオーダーメイドなんて無理だし、夜会のトップシーズンに売れ残っている既製品もお察しだ。どうせサイズ直しまでしなくてはならないのなら、現在あるものを自分でリメイクしても同じこと。私は実家にいた頃、型の古くなった実母のドレスを義母と義姉用に直していたので慣れているしね。


「ドレスは自分で用意しますので、小物類の費用はいただきたいです」


「小物?」


「靴や手袋とかです」


 ……あと、補正下着ファウンデーションもね。


「それと、アクセサリーも。こちらは宝飾店から貸し出してもらうのが良いかと」


 高価なアクセサリーは貴族でも容易に手は出せない。なので、宝飾店には保証金を払って貴金属を貸出するサービスがあるのだ。一回しか使わない物だから、今回はそれでいいと思ったのだけど……。


「宝石くらい買ってやるぞ? とりあえすデカい石がついていればいいんだろ」


「やめてください」


 仕事帰りに牛肉ブロックを買うような気軽さで安請け合いするシュヴァルツ様を、私は思わず真顔で止める。

 ……宝石を甘く見ると、家が破産しますよ?

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