第216話 ミシェルのドレス(3)

「ところで、シュヴァルツ様の夜会服は何色なのですか?」


 フォルメーアの男性の夜会服はドレスシャツにジャケットとウエストコートとトラウザーズが基本だが、色や装飾は自由だ。淑女のドレスと同様、色彩や刺繍で個性を出す洒落者な紳士も多い。

 今回、私はシュヴァルツ様のおまけだから、添え物らしく彼を引き立てる色のドレスを選ぼうと思ったのだけど……。


「黒だ」


「違います」


 迷いなく応えたシュヴァルツ様に、背後から反論の声が上がった。ダイニングの片付けを終えたらしきゼラルドさんが、つかつかと衣装部屋に入ってきたのだ。


「シュヴァルツ様のお召し物に選んだ生地は黒橡くろつるばみ色です」


 訂正された将軍は怪訝そうに眉根を寄せた。


「だから、黒だろう? お前の着ている服のような」


 家令の燕尾服を指差す主人に、ゼラルドさんは「違います!」と即座に否定した。


「よくご覧ください。それがしの服の色は漆黒、シュヴァルツ様があつらえた夜会服は青味がかった黒の黒橡。全く違います。黒の奥深さは無限なのですよ!」


「……黒は黒であろう……」


 熱く捲し立てるゼラルドさんに、ますます困惑するシュヴァルツ様。……とりあえず、黒系なのは理解しました。


「今回は時間がなく最低限の装飾になりますが、襟と袖口に金糸の刺繍が入ります」


「わぁ、それは格好良さそうですね」


 一週間で刺繍までさせるなんて鬼畜の所業ですが、仕立て屋さんにはがんばっていただきたいです。


「では、黒系に合う色のドレスにしましょうか」


 また吊るした衣装を探る私に、アレックスがケラケラ笑う。


「大丈夫だよ。ミシェルは何着たってシュヴァルツ様の服に合うさ」


「どうして?」


 首を傾げる私に、庭師は自信満々に答える。


「だって、つるばみってドングリの古い呼び方だろ? 木の実繋がりでミシェルと相性ばっちりじゃん!」


 ……確かに私は栗色チェスナットの髪に榛色ヘーゼルの瞳ですが……。

 ちらりと顔を上げて確認すると、シュヴァルツ様が小さく頷く。


「俺は細かいことは解らんが、ミシェルの好きな色が一番似合うと思うぞ」


 ……むむぅ。

 優柔不断で流されるままに現状を受け入れてきた私は、選ぶことが苦手。でも……選択肢を与えられ、意見を尊重される生活は充実感がある。


「これにします」


 アレックスが床に丸まって居眠りを始めるくらいの時間を掛けて、私はようやく水色のドレスを一着選んだ。

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