第197話 ガスターギュ家の祝祭(1)

 ダイニングルームのいたる所に星のオブジェを置きながら、自然と頬が緩んでしまう。

 今日はガスターギュ家のホームパーティーの当日。誰もお客様を招く予定はないけど、朝から気合を入れて掃除をして飾り付けしてしまった。

 こんなに浮かれた気分で星巡りの祝祭準備をするのなんて、いつぶりだろう。

 祝祭期間中、王都民は星をモチーフにした小物で家を彩る。今、私が飾っている星飾りは、屋根裏の奥にしまってあった物だ。前住人は悲劇的にこの屋敷を手放したというけど、大小たくさんの飾りを見ると、幸せな時間もあったのだなと感慨深くなる。

 パーティーといってもちょっと豪華な夕食を囲むだけだから、日中はそれほど忙しくない。仕事がお休みのシュヴァルツ様も昼食は自分で勝手に食べると言っていたので、私は好きなペースで晩餐の準備を進めていく。

 グリル台の隅で銅像のように寸胴鍋を見つめるゼラルドさんをそのままに、ミントゼリーや鮭と冬野菜の蒸し焼きの仕込みをする。

 午後のまだ早い時間、あとは下ごしらえした料理に火を入れるだけ、というところで、


「ミシェル、じーさん。ちょっといい?」


 赤毛のポニーテールを揺らし、アレックスが厨房に顔を覗かせた。


「今から庭に出れるか?」


「どうしたの?」


「みんなにプレゼント渡したくて。オレのプレゼント、日の高いうちの方がいいから」


 不可思議な庭師の言葉に、私とゼラルドさんは目を見合わせる。事情は解らないけど、とりあえずアレックスの後をついていく。

 庭に出ると、そこにはすでにシュヴァルツ様が居た。

 家長・メイド・家令が横一列に並ぶ中、正面に立った庭師は、「じゃーん!」と後ろを振り返った。


「これがオレからのプレゼントだ!」


 彼女の背後に置かれていたのは、四本の苗木。まだ幹は細く、根には麻布が巻かれている。


「なぁに? これ」


「シンボルツリーだ!」


 小首を傾げる私に、彼女は得意満面で答える。


「オレなりにみんなをイメージした樹木を選んだんだ」


 言いながら、一人ひとりの前に苗木を置く。


「じーさんは柳。なんか飄々とした感じがあるからさ」


「ほほう」


 ゼラルドさんは満更でもなさげに眉を上げる。


「ミシェルはミモザ。黄色のふわふわの花がミシェルっぽい」


「ありがとう」


 私がふわふわしているかは自分ではよく解らないけど、ミモザは好きだから嬉しい。


「シュヴァルツ様は赤樫。堅くて大きな木。どんぐりもなるよ」


「うむ」


「そして俺はオレンジの木。単に実が好きだから」


 アレックスはエヘヘと笑って私達に向き直る。


「この木を庭に植えようと思うんだ。すぐには育たないけど、そのうちオレらの背よりも大きくなって、花が咲いたり、実がなったり、紅葉したりしてさ。そういうのをみんなで見れたらって思って」


 何年も、何十年も先の未来を考えると胸が熱くなる。


「素敵なプレゼントだね。本当にありがとう」


「うむ。とても良い贈り物だ。アレックス、感謝する」


「礼を言いますぞ、アレックス。老骨にこんな素晴らしい品を……」


「ちょっ、じーさん大袈裟だって!」


 ハンカチで目尻を拭うゼラルドさんにアレックスがあせる。

 二人の様子に私とシュヴァルツ様は微笑み合う。

 ガスターギュ家の祝祭は、こうして幸せに幕を開けました。

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