第186話 護身術を習おう(3)
――シュヴァルツ様の猛攻に、一度飛び退いて間合いをとったゼラルドさんは、体勢を立て直すと再度剣を構えて突進した。シュヴァルツ様は家令の攻撃を刃のない剣身で滑らせて受け流し、返す動作で反撃にかかる。
何合かの打ち合いの末、二人の距離が縮む。ギリギリと力で押し合う鍔迫り合いになった直後、拮抗を破ったのはシュヴァルツ様の方だった。
「ふんっ!」
シュヴァルツ様が相手と交差した木剣を力任せに横に引き倒したのだ。
「なっ!?」
自身の剣を両手でしっかり握っていたゼラルドさんは、反動で片足が浮くほどバランスを崩す。そして、その隙を将軍は逃さなかった。彼の長く逞しい足が、老家老の革靴の足を払ったのだ。
堪らず肩から地面に転倒するゼラルドさん。咄嗟に上半身を起こした時には、喉元に樫の切っ先を突き立てられていた。
「俺の勝ちだな」
午前の煌めく太陽を背に、シュヴァルツ様が白い歯を見せる。見上げるゼラルドさんは逆光に眩しそうに目を細めながら、「参りました」と両手を挙げた。
「いやはや、お強い。さすがは救国の英雄ですな!」
「お前もあれが実力ではあるまい。得物が変われば結果も変わっていたかもな」
絶賛する家令を、主が手を引いて起き上がらせる。
……とりあえず、二人共怪我がなかったようで一安心です。
ほっと胸を撫で下ろす私の隣から、アレックスが駆け出していく。
「シュヴァルツ様、すげー強い! じーさんもすげーよ! かっこいいなぁ。オレも剣術習いたい!」
飛びつくように大はしゃぎする庭師少女の提案に、屋敷の主はあっさりと、
「いいぞ」
いいの!?
わーい! と喜ぶアレックスに、真っ青になったのは私の方だ。
「シュヴァルツ様、大丈夫なのですか? 怪我でもしたら……」
心配する私に、彼は鷹揚に笑う。
「武の道に怪我はつきものだ。本人がやりたいなら挑戦すればいいし、合わなければやめればいい。ただし、やるからには真剣に取り組むことだ」
「はい、シュヴァルツ様!」
今までにない良い返事をするアレックスに、それでも私の不安は消えない。
「でも、アレックスは女の子ですし……」
「それがどうした? 俺の知り合いには身の丈より長いバスタードソードを片手で振り回す女性がいるぞ」
「ホントに!? かっこいい!」
素敵! 私も是非会ってみたい!
シュヴァルツ様の発言に、アレックスはおろか私まで立場を忘れて食いついてしまう。
「なんにせよ、本気で剣術を習いたいのなら、まずはゼラルドの下で基礎を学べ」
「へ? シュヴァルツ様が教えてくれるんじゃないの?」
明らかに不満の声を出す庭師少女に、当主は首を振る。
「俺は我流の力技だからな。最初から妙な癖をつけるよりは、指導の仕方を知っている者に育ててもらった方が良い。それはゼラルドが適任だ」
シュヴァルツ様は成り行きで戦場に出てしまった人だけど、ゼラルドさんは軍人家系の出身だ。しかも長く貴族屋敷の警備を担当していたみたいだから、後進の育成の心得もあるだろう。
「じーさんに、かぁ……」
むうっと眉根を寄せるアレックスに、シュヴァルツ様は更に、
「ゼラルドでない方がいいなら、トーマスに習ってみるか?」
「げっ!?」
意外な名前に、少女はびっくり眼で赤毛を逆立てる。
「なんでトーマス様だよ? イノシシの時、めっちゃ弱かったじゃん!」
アレックスの不満に、シュヴァルツ様は真顔で反論する。
「トーマスの剣は初代剣聖の源流派だから、驚くほど型が美しいぞ。弱いが」
褒めながら
初代剣聖はフォルメーア騎士道の礎を築いた方だそうです。貴族のトーマス様は剣術の流派もノーブルなのですね。
「ちぇっ。トーマス様よりは、じーさんで我慢するよ」
……アレックスも、もう少し妥協の仕方を遠慮してください。
「じゃあ、強くなったら、シュヴァルツ様も手合わせしてくださいね」
「ああ、精進しろ」
意気込む最年少庭師に、当主は微笑む。和やかな主従の会話に割って入ったのは、老熟の家令だ。
「黙って聞いていれば大きな口を叩いていましたが、
「はっ! じーさんこそ、十代の体力についてこれんのか?」
「笑止。それでは、まずは薪割り百本。どちらが速いか競争です」
「おうよ。吠え面かかせてやんよ!」
罵り合いながら薪小屋に向かうお爺さんと孫娘。なんだかいきなり修練モードに突入しちゃいましたが……まあ、お仕事やりながら鍛えるなら問題ないです。冬は燃料の消費が多いですし。
残された私とシュヴァルツ様は、目を見合わせて首を竦めた。
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