第177話 将軍のお見合い(16)

 食後のお茶が済んだら、そろそろ宴はお開きです。


「今日はありがとうございました、ガスターギュ閣下。お会いできて良かったです」


「こちらこそ。お父上によろしくお伝え願う」


 玄関ポーチでお見送り。ロクサーヌ様とシュヴァルツ様は最後の挨拶を交わす。


「皆さんも、おもてなしありがとう。お料理美味しかったわ」


 主人の背後に並ぶ使用人に目を向ける賓客に、私は頭を下げる。


「ありがとうございます。ぜひまたお越しください」


 それは、心からの言葉だったけど……、


「いいえ、それはないわ」


 ……彼女は困ったように眉尻を下げて、でもきっぱりと断る。


「独り身の男性のお宅に独身令嬢わたくしが何度も出入り出来ないでしょう? お見合いも破談になってしまったのだから」


 上流階級は醜聞の世界だ。あらぬ噂を立てられれば、ダメージが大きいのは女性の方。


「も、申し訳ありません!」


 慌てて軽率な発言を謝罪する私に、彼女はコロコロ笑う。


「だから、次は別の場所でお会いしましょう。あなた達にはまた近い内に会える気がするわ」


 予言めいた台詞が真実に聞こえるから、ロクサーヌ様は不思議だ。

 精霊のような銀髪をふわりと翻し、コーネル伯爵令嬢と執事が去っていく。馬車を返しに行きがてら、トーマス様が二人を送り届けてくれる手筈だ。

 馬車が見えなくなってから、私達は屋敷に戻る。

 定位置である居間の長椅子に横になるシュヴァルツ様に、私は声を掛けた。


「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


「ああ、濃いめの茶が飲みたい」


 ……ちょっとお疲れのようだ。

 リクエストにお答えして、私は少し渋みのある茶葉を選んで淹れる。


「まだお腹が空いてらっしゃるようでしたら、チョコレートタルトをお切りしましょうか?」


 夕食が足りなかったかなと思ったのだけど、


「あれはお前達への土産だ。三人で分けろ」


 そこら辺は頑なです。


「では、夕食のデザートのプリンの残りがありますが」


「食う」


 そちらは即答でした。

 ……良かった。ボウル一個分余計に作っておいて。


「他にご用命はございますか?」


 ローテーブルにお茶とプリンを並べてから問うと、身体を起こしたシュヴァルツ様は一瞬上目遣いに考えてから、ポンポンと二人掛け長椅子の空いたスペースを叩いた。


「ミシェル」


「……はい?」


「ここに」


 ……ご用命は私ですか。

 促されて、私はおずおずと彼の隣に腰を下ろす。


「やはり、家の飯が一番美味いな」


 豪快なスプーン捌きでプリンの山を消滅させるシュヴァルツ様に、頬が緩む。


「言っておくが、俺はどこにも行かないぞ。何があっても、ここに戻ってくる」


「……はい」


 口に出して伝えてくれるから、安心する。

 特別なことは何もない。

 ただ私は……彼の隣に静かに寄り添っていた。

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