第176話 将軍のお見合い(15)

 夕刻に来られたお客様は晩餐に招待するのがこの国のしきたりです。

 新参貴族のガスターギュ家だって例外ではありません。


「まあまあ! 今日はわたくし達がお邪魔することをご存じでしたの? それともパーティーの予定があったのかしら!?」


 ダイニングに通されたロクサーヌ嬢は、テーブルにぎっしりと並んだ料理の数々に目を見張る。

 ……いえ、これが我が家の毎日の食卓です。

 主が一人で十人前は食べるので、急にお客様が来ても料理を取り分けて対応できるので助かります。……減らした分、シュヴァルツ様には後ほどお夜食を用意致します。


「どうぞお席に。お供の方もご一緒に」


 ゼラルドさんが椅子を引き、着席を促す。シュヴァルツ様とロクサーヌ様とトーマス様は上座、少し下がって使用人の席も同じテーブルに用意されている。

 本来ならお客様とテーブルを共にしない使用人私達だけど、今回もご主人シュヴァルツ様の強い要望だ。

 ……コーネル伯爵令嬢は不快に思わないかしら?

 内心ビクビクしながら彼女を窺うと――


「使用人も揃ってお食事なんて素敵!」


 ――何故か大喜びされました。

 どうやらロクサーヌ様は先進的な女性のようです。なんでも無邪気に感心して受け入れて、とても可愛らしい方だな。


「うちでもこうしましょうって、お父様に提案しようかしら? ね、クリス!」


「……それはおやめください、お嬢様」


 ニコニコと同意を求める令嬢に、専属執事は青い顔で胃の辺りを擦る。型破りなご主人様を持つ従者は、気苦労が絶えないようです。……気持ちはよく解りますよ。


「このフリッターのディップソース、スパイスが利いていて美味しいわ。ミシェルが作ったの?」


 綺麗な動作で一口大に切った白身魚を口に運ぶロクサーヌに、私は「はい」と答える。


「ミシェルは何を作っても美味いぞ」


 ……だから、シュヴァルツ様は自分のことのように自慢しないでください。

 恥ずかしくて俯いてしまう私に、伯爵令嬢は意味深に微笑む。


「閣下がここが一番のお気に入りの場所だって言った意味が解るわ」


 ……何を言ったのですか、シュヴァルツ様!


「後でレシピを教えてくださらない? 郷里の者にも食べさせたいわ」


「喜んで。ロクサーヌ様は料理をなされるのですか?」


 私はここぞとばかりに話題を変える。

 彼女は呼び捨てでいいわよと苦笑しながら、


「ええ、コーネル家は女主人が台所を取り仕切るのが伝統なの。わたくしも王都の貴族学校に編入する二年前までは毎日お母様とお料理をしてましたのよ」


「……たまに暗黒物質を錬成されておられましたが」


 誇らしげな令嬢に、専属執事がぼそっとツッコむ。……なかなか気の置けない主従関係のようです。

 彼女のおおらかな人柄は、領地の環境に起因するのかもしれない。


「ロクサーヌ嬢は領地にお戻りになるのですよね?」


 トーマス様に訊かれて、令嬢は頷く。


「ええ、でも『星巡りの祝祭』が終わった後じゃないと、お父様のお許しが出ないわ」


 星巡りの祝祭は、フォルメーア王国の年末年始のお祝い期間だ。冬から晩春にかけての社交界シーズンの、最も夜会の多い期間。つまり、貴人達の出会いの季節だ。


「どうにかして上手いことご縁に恵まれないようやり過ごさないと」


 頬に手を当てて物憂げにため息をつくロクサーヌの発言は、凡そ年頃の貴婦人らしくない。今日のお見合いも、きっと最初から断る気満々だったのだろう。

 この方、なんとなくだけど思考がシュヴァルツ様に似てる。だからかな? 話していて楽しい。

 彼女と将軍の『縁談』は断たれてしまったけれど……。

 人としての出会いの『えにし』は切れて欲しくないなって思った。

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