第178話 寒い朝は

 綿入りの室内履きを履いていても、つま先が冷えて痛くなる。

 寒さが厳しくなってきたこの頃。

 私は朝食の時間になってもダイニングに下りてこないシュヴァルツ様を起こしに、二階に上がって来ていた。

 基本的に寝起きの悪い彼は、冬は特にベッドから出られないご様子です。

 南の最奥、当主の寝室前まで行くと、ドアが薄く開いているのが見えた。

 もう起きてらっしゃるのかしら?


「おはようございます、シュヴァルツ様。朝食の支度が出来ていますよ」


 私は戸板をノックしながら室内に足を踏み入れる。

 ベッドの上では、巨大な芋虫のように盛り上がったシーツが蠢いている。


「……む、朝か……」


 もぞもぞと厚手の毛布の中から顔を出したのは、寝癖全開のシュヴァルツ様。瞼が重すぎて半分しか開いていない目が、鋭すぎて怖いです。

 上半身を起こした彼が、緩慢に腕を伸ばしてあくびをしていると、足元に掛けられていた毛布がまた動き出す。中からひょっこり現れたのは、


「ルニエ!」


 べっこう色の猫は前足を突っ張らせた前傾姿勢で伸びをすると、座って顔を洗い出した。

 今朝は姿を見ていないと思ったら、こんなところに居たのね。


「最近、飛びついてドアノブを回す技を覚えたようで、夜中にベッドに潜り込んでくるんだ」


 猫と同じように顔を擦りながら、シュヴァルツ様が言う。


「ドアを開けるのは構わんが、閉めないから隙間風が寒い」


 開けれるだけでもすごいですよ。


「まあ、その分ベッドの中は温かいのだがな」


 天然の毛玉懐炉ですものね。


「じゃあ、ルニエはいつもシュヴァルツ様と寝てるんですか?」


「気づくと腹の上にいるな」


 相変わらず、お猫様にベタ惚れされてますね。

 けろりと返す彼に、私は思わず「いいなぁ」と呟く。

 私もルニエと一緒に寝たいな。ぽかぽかもふもふで幸せだろうな~。


「一度くらい、私と代わって欲しいです」


 言いながら私は、サビ猫を抱き上げた。しなやかな獣の顎を撫でる私に、シュヴァルツ様は首を傾げる。


「代わりたい? ミシェルが?」


「はい」


 こくんと頷く私に、彼は怪訝そうに、


「ミシェルが俺のベッドに潜り込みたいってことか?」


「は──」


 私はまた頷きかけて、


「──にゃーーー!?」


 認識の齟齬に気づいて猫みたいな悲鳴を上げた。


「ちちちが、違いますっ! 猫と代わりたいんじゃなくて、立場を代わりたいっていうか……」


「……俺がお前の部屋に行けばいいのか?」


「うにゃーーー!!」


 絶対わざとやってるでしょ!?

 頭から湯気を噴かせて大騒ぎな私を、シュヴァルツ様はしれっとした顔で眺めている。


「もう! そういう冗談はやめてください! 早く下りてこないと朝ご飯冷めちゃいますよ!」


 以前、私が似たようなことを言った時は叱ったくせに。

 私は頬を膨らませて、猫を抱いたまま部屋を出た。

 一階から「どうしたのー?」と声を掛けてくるアレックスに何でもないと返しながら、階段を下りる。

 開けっ放しのドアから――


「……冗談、か」


 ──微かに拗ねたような彼のぼやきが聞こえた気がした。

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