第169話 将軍のお見合い(8)補佐官語り
ハンカチで目尻を押さえながら、顔を上げたロクサーヌ嬢が微笑む。
「ありがとうございます、ガスターギュ閣下。領地に帰ったら、閣下とお会いしたことを兄にお話しますわ」
勿論先祖の霊廟でですけど、と付け足す。
「閣下に会えたこと、いい王都の思い出になりましたわ」
「近々領地に戻られるのか?」
「ええ、元々王都の貴族学校を卒業したら、領地に帰る予定でしたの」
将軍の問に、令嬢は頷く。
「兄が生きていた頃は、年頃になったらどこかに嫁ぐ予定でしたが、事情が変わってわたくしが家を出るわけにもいかなくなって。父が大急ぎで婿に入れる同格の伯爵家の次男との縁談を決めたのですが、そちらも破談になって……」
「婚約破棄になったと言っていたが?」
歯に衣着せぬガスターギュ閣下の追求に、ロクサーヌ嬢はコロコロ笑う。
「そうですの。わたくしの元婚約者のケイシーは同級生だったのですが、先日、別の同級生の侯爵令嬢と浮気されてしまって」
……すごい社交界スキャンダルきたぞ。
「あちらの侯爵家も息子がいなくて、しかも侯爵は父の政敵。
あっけらかんと語る彼女は、完全に吹っ切れているようにみえる。
ガスターギュ閣下は、爵位はないが公の場では侯爵級の扱いを受けている。……それでコーネル伯爵も次の婿に将軍を望んだのか。
勝手に政治や社交界の派閥問題に巻き込まれた将軍だけど、彼に別段気にする様子はない。
「あれか? そのケイシーというのは、遊覧船にいた奴か?」
「ええ」
「では、結婚せずに正解だ」
「本当に。引き取ってくださった侯爵令嬢はお礼の言葉もありません」
顔を見合わせ、朗らかに笑う。
また俺の解らないネタで盛り上がってるぞ。
「そういえば、海では可愛らしい方とご一緒でしたわよね? あの方は、閣下のお付き合いされている方かしら? でしたら本日は大変失礼なことを……」
お、ロクサーヌ嬢、ミシェル嬢とも顔見知りか!?
耳を欹てていると、将軍は鹿爪らしい顔で、
「あれはうちの使用人だ。やましい関係ではない」
「あら、恋人って全然やましくない関係だと思いますわよ?」
ミシェルさんと同年代の御婦人にやり込められて、閣下がぐぬぬと唸る。俺もそこら辺ははっきりした方がいいと思うよ!
「それでは、あなたは領地に戻ってジュリアン卿のように領地を運営していくのか?」
「兄亡き後はわたくしが領地のことを一番知っていますから。父は王都を拠点にしているので、親族の助けを借りながら、相応しい跡取りが現れるまでがんばりますわ」
「……何故、跡取りを見つけなければならない?」
コーネル伯爵令嬢の言葉に、爵位を持たない将軍が首を捻る。
「あなたは領地のことを学ばれてきたのであろう? あなたが継げばいいのではないか?」
突拍子もない提案に、ロクサーヌはキョトンとする。それから笑い――
「そんな! わたくしは女ですから……」
――かけて言葉を止める。
「……そうね。何故、それに気づかなかったのかしら。前例がないわけじゃないし、地元の有力者を味方にすれば父だって……」
神妙に呟いてから、くるりと将軍に向き直った。
「ありがとうございます。ガスターギュ閣下。わたくし、したいようにしてみますわ。もう、誰かの都合で振り回されるのはたくさん。結婚相手も自分で決めたいわ! ね、クリス?」
いきなり声を掛けられ、令嬢専属執事は「うえぇ!?」と飛び上がる。……こちらはこちらで愉快そうな人間模様がありそうだ。
「ガスターギュ閣下も辺境のご出身でしょう? ずっと王都にお留まりになるのですか?」
訊かれた彼は太い腕を組む。
「出身といっても、戦場を転々としていただけで思い入れのある場所ではない。今の、辻を曲がれば市場も飲食店もある王都暮らしは気に入っている」
確かに、治安も交通の便も良くなんでも揃う王都は、一度住むと離れがたい。
「それに……ここには帰る『家』がある」
遠い目の先には、何が映っているのだろう。
穏やかに語る将軍を眺めていたロクサーヌ嬢は、いいことを思いついたとばかりに悪戯っぽく微笑んだ。
「閣下、最後に一つだけ、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「王都の思い出に、ガスターギュ閣下が一番お気に入りの場所に案内してくださらない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。