第168話 将軍のお見合い(7)補佐官語り
新しい紅茶が注がれ、ケーキの皿が置かれる。
破談確定の貴人男女のお見合いは、何故だか続行中だ。
気楽になった俺は席を移動して、コーネル伯爵令嬢専属執事クリスの正面に座った。
「あ。こっちにもケーキセット二つ追加で」
「ちょ……っ」
生真面目そうな栗毛の執事が慌てるけど、気にしない。
「まあまあ。せっかくお互いの主が打ち解けてきたんだから、こっちも仲良くしましょうよ」
友好的な俺に、クリスは複雑な表情で目を逸らす。視線の先にはお嬢様とトロルが向かい合っている。
ロクサーヌ嬢は、切り分けもせず一ピースのケーキの真ん中にフォークを突き刺し、一口で頬張る将軍を目を丸くして眺めている。
「まあ、すごい! たくさん食べるのですね!」
「……すぐに腹が減るもので」
「わたくしの兄もよく食べる方でしたが、兄よりもたくさん食べる方を初めて見ましたわ」
追加のケーキも次々と胃に収めていくガスターギュ閣下に、伯爵令嬢はふっと懐かしそうに目を細め、
「実はわたくし、ガスターギュ閣下とお話出来るのを楽しみにしてましたの」
淋しげに語る。
「……わたくしの兄も、軍人でしたの」
コーネル家の嫡男はロクサーヌの八つ年上……丁度将軍と同年代だ。
「王都の官職が忙しい父に代わり、我が領地は兄が領主の役割を負っていました。賢く誠実な兄は領民に愛され、わたくしの自慢でした。わたくし、兄に構ってもらいたくて、一緒に領地のことを色々学びましたのよ」
令嬢は物憂げに、ケーキをフォークで刻んでいく。
「我が領地は王都とも国境とも離れた田舎町でしたが、コーネル家は北の辺境伯の傍系にあたります。四年前、先の戦争が激化した際、辺境伯からの援軍要請を受け我が領地からも多くの兵が戦地に向かいました」
その陣頭指揮を取ったのが、コーネル家領主代行の嫡男だ。
……そして、訃報が届いたのが三年前。
「兄と閣下は全然似てらっしゃらないけど、どこか兄を思い出します。だから今日は……お会い出来てよかった」
むっつりと唇を引き締め神妙な面持ちで聞いていた将軍に、ロクサーヌ嬢は無理矢理微笑む。
「ごめんなさい、暗い話を……」
「いや」
取り繕おうとした彼女を遮り、彼は口を開いた。
「そうか……。あなたはジュリアン卿の妹御か」
名前を耳にした途端、ロクサーヌ嬢は目を見開いて息を止めた。
「兄を……ご存知なのですか?」
震える声が漏れる。
将軍は力強く頷いた。
「ああ。隣の砦の副官をしていた。直接会話したのは数えるほどだが、庶民の出の俺にも親切で心根のいい御仁だった。その髪色、よく似ている」
「……っ」
堪えきれず、彼女は両手で顔を覆った。
俺は頭の中で先の戦いの年表を辿る。ジュリアン卿がいたのは、敵軍の奇襲に陥落した砦だろう。
「ガスターギュ閣下、兄の話を聞かせてくださらない? 覚えているだけでいいから」
「……俺に出来る限り」
ロクサーヌ嬢は涙に濡れた瞼を閉じて、訥々と語られる思い出の欠片を零さぬよう耳を傾け続けた。
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