第167話 将軍のお見合い(6)補佐官語り

 ――突然の宣言に、俺と、会話の聞こえる距離にいたもう一人の男性客も凍りつく。

 み……見合いの席でなに言い出すんですか、将軍!

 俺は思わず腰を浮かせかけたが、ガスターギュ閣下が続けて口を開いたので、ソファに尻を戻す。


「無礼を許されよ。ただ、この件に関して、あなたには一切の非はない。すべてこちらの事情だ。コーネル伯爵には改めて正式に断りの連絡をする。だが、こちらから断ることであなたの名誉に傷がつくことがあるのなら、そちらから破談にして欲しい」


 目を逸らさず、真摯な口調で断絶の言葉を吐く将軍に、ロクサーヌ嬢は――


「まあ! 奇遇ですわね。わたくしも閣下と結婚する気がなかったのですの!」


 ――ポンッと手を合わせ、屈託なく微笑んだ。

 俺は思わずカクンと顎を落とした。

 ……な、なんなんだ、こいつら?

 俺が呆然と見守る中、彼女はニコニコと喋り出す。


「ごめんなさい。父が強引だったでしょう? でも、許してください。三年前に優秀な跡取りだった兄が亡くなり、最近、婿として迎えようとしていた男性とわたくしとの婚約が破棄されてしまって、父は早く次の後継者を見つけたくて焦っているのです」


 ……お、おう。なんか大変だな、コーネル伯爵家。


「多分、海でわたくしを助けたのがガスターギュ閣下だって知らなかったというのも嘘。運命の出会いを演出したかっただけですわ」


 伯爵令嬢は理路整然と状況を伝える。


「最初から意見が合致しているのは僥倖。お見合いの破談の理由は、お互いの人生観の違いということにしましょう。わたくしは本日のことで閣下の悪評を流したりはしませんわ。ですから、安心してくださいな。……そちらのお付きの方も」


 最後の台詞は明らかに俺に向けられていて、ギクリと肩を震わせる。俺はガスターギュ邸の家人達への報告用にここにいるんだけど……勿論、妙な噂を流された時には、将軍の潔白の証人になる為でもある。

 社交界は醜聞の宝庫。安全策を講じておかないと。


「ああ、言うまでもないが、私もあなたには指一本触れたりはしない」


 ガスターギュ将軍も鷹揚に頷く。


「だから、そこの者も安心して監視を続けてくれ」


 閣下の声に、今度は近くの男性客がビクッとメニューで顔を隠す。……俺と同年代の青年。あれ、コーネル家の監視役だったのか。


「彼はクリス、わたくしの専属執事ですの。お父様は既成事実を作ってでもこの縁談を纏めろって仰ってたから、心配してついてきましたの」


「お、お嬢様!」


 さらりととんでもないことを暴露する令嬢に、執事の青年は大慌てだ。

 ……うちの将軍、ハニートラップ仕掛けられそうになってたんすか。貴人を二人きりにするなんておかしいと思ってたけど。

 フォルメーアは家長強権の国とはいえ、若いお嬢さんになんてことさせるんだ、伯爵父親

 ガスターギュ閣下って、一部の貴族にとっては『武功を上げたのに爵位も領地も貰えずくすぶっている』って認識らしいから、入婿爵位を餌に近づけば簡単に落ちると思われていたのだろう。実際は地位も名誉も興味ない人なんだけどね。


「こっちのは、トーマス。一応、うちの補佐官」


 一応はいりません。ぞんざいに紹介されて、俺は軽く会釈する。


「よかった。閣下が良い方で」


 ほっと息をつくロクサーヌの指先は微かに震えている。

 うちの将軍、山から下りてきたトロルが身なりのいいトロルになったとはいえ、箱入りのお嬢様が一人で対峙するのは怖いですよね。


「では、私はこれで」


 空気を察したのか、それとも単に家に帰りたいのか。将軍は席を立とうとするけれど……、


「お待ちになって」


 ロクサーヌ嬢がたおやかに引き留めた。


「もう少しだけ、わたくしにお付き合い願えませんか? ここのチョコレートタルトは絶品なのですよ」


 伯爵令嬢のお誘いに、ガスターギュ閣下は少しだけ逡巡してから座り直した。

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