第166話 将軍のお見合い(5)補佐官語り

 天井の高い店内に、十分に感覚を開けて設置されたテーブルセット。プライベートな空間を演出する為か、さり気なく観葉植物や仕切りパーテーションが置いてあって、将軍達の席が見える位置には、俺ともう一人の男性客しかいない。

 さて、いよいよ我が上官とコーネル父娘の初対面。……なんだけど。


「よく来てくれましたな、ガスターギュ将軍。こちらが娘のロクサーヌです」


「初めまして、ロクサーヌ・コーネルと申しま……」


 亜麻色の髪の美女は優雅に腰を折ってお辞儀をし、顔を上げた……瞬間、


「あら」


 驚きに目を見開いた。


「あなたは、あの時の……」


「……ああ、海の」


 将軍も思い出したように瞬きする。

 ……なんだ? この反応?


「おや、二人は顔見知りなのかい?」


 若い男女の様子に、伯爵が俺と同じ疑問を口にする。


「ええ、夏にケイシー達と卒業旅行で海に行った時、偶然お会いしましたのよ。ほら、前にお父様にもお話したでしょう? 海賊に襲撃された時に助けてくださった方よ」


「まさか、娘の命の恩人だったとは! 知らぬとはいえ今までご無礼を致しました。なんとお礼を申し上げていいやら……」


「お気になさらず。たまたま居合わせただけです」


 手を取って感激の涙を流さんばかりに詰め寄る紳士に、ガスターギュ将軍は頬を引き攣らせる。……がんばれ、将軍。いきなり帰りたそうな顔しないで!


「コーネル家とガスターギュ家は不思議な縁で結ばれていたのですな。まさに運命! ささ、座ってくだされ! いやあ、なんとめでたい! 一目見た時から判っていましたとも。将軍はまさにフォルメーア王国の英傑の中の英傑!」


 一人で捲し立てるコーネル伯爵に、将軍はおろか娘のロクサーヌさえ、口を挟めず黙って聞いている。


「……さて、吾輩の話はここらへんにして、あとは若い者同士で仲を深めて頂きましょうかな」


 そういって伯爵が席を立ったのは、たっぷり三十分の独演会が終わってからだった。

 ……あ、ガスターギュ将軍もロクサーヌ嬢もぐったりしてる。


「では、ロクサーヌ。くれぐれも粗相のないようにな」


「ええ、お父様」


 にっこり微笑んで、娘は父を送り出す。

 伯爵が店を出るのを見届けてから、ロクサーヌ嬢は脱力したようにソファの背凭れに身体を預けた。


「……父が大変失礼を致しました」


 ため息混じりに目を伏せてから、しっかり顔を上げる。


「それに、遅くなってしまいましたが、あの時は命を助けて頂きありがとうございました。きちんとお礼も出来ず申し訳ありません」


「気にすることはない。私もあなたの飴で命を救われた」


「まあ!」


 生真面目に答える将軍に、ご令嬢はコロコロ笑う。

 ……なに、俺の知らないネタで二人で盛り上がっちゃってんの?

 え? 結構いい雰囲気なん?

 ま、お見合いだから気が合うならお付き合いしてもいいんだけどさ。いいんだけどさぁ……もやもやする。


「父の長話ですっかりお茶が冷めてしまいましたね。代わりの物を……」


「ロクサーヌ嬢」


 給仕を目で探す令嬢に、ガスターギュ閣下はテーブルとソファの間で窮屈そうに折り曲げられた膝の上に拳を置き、姿勢を正して向き直った。


「先に言っておく。私はあなたとは結婚できない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る