第162話 将軍のお見合い(1)補佐官語り

「ガスターギュ将軍!」


 そう声を掛けられたのは、王城の長い渡り廊下。国王陛下を交えての防衛会議の後のことだった。

 振り返った視線の先には、法服を着た恰幅のいい中年男性がこちらに向かって歩いてきていた。

 言外に誰だ? と怪訝そうに眉根を寄せるガスターギュ閣下に、隣りにいた補佐官の俺は、「コーネル伯爵です」と唇を動かさずに囁く。さり気なく上官をサポートするのは俺の役目。彼は地方に領地を持ちながら、王都でも官職に就いている貴族の一人だ。


「先の戦ではご活躍なされましたな。貴卿の武勇は我が領地にも轟いておりますぞ」


「……はあ、どうも」


 気さくに話しかけてくるコーネル伯爵に、閣下は素っ気なく返す。


「私に何か?」


 ただの問いかけがやけに高圧的に聞こえる。伯爵の身長は平均より少し低いくらい。それが、短い黒髪に傷だらけの顔の見上げるほどの大男に眼光鋭くめつけられたら、俺だったら脱兎のごとく逃げ出すぞ。

 ……いや、実際は睨んでいるのではなく通常仕様で目つきが悪いだけだが。

 それでも伯爵は、震える手をさり気なく背中に回し、愛想笑いを崩さず続ける。なかなか根性のある御仁だ。


「以前から貴卿とは話がしてみたかったのですよ。今日はたまたまお見かけして、つい声を掛けてしまいましてな」


 ウソつけ。コーネル伯爵は防衛会議には出席していなかったから、将軍を待ち伏せしていたのだろう。

 王都に進出して間もないガスターギュ将軍には、様々な派閥からのお誘いも多い。貴族の盛衰激しいフォルメーア王国で、手垢のついていない有力者は貴重だ。国王の覚えめでたい人物なら尚の事。

 ま、うちの将軍はそういう権力争いに一切興味はないんだけどね。

 今回も、どんな誘惑にも沼に杭。ばっさり断られるだけだ。


「それはお会いできて光栄でした、コーネル閣下。どうぞ息災で」


 俺が教えた社交辞令を棒読みして、勝手に会話を打ち切り踵を返す将軍。

 潔さは将軍の長所だが……毎回、見てるこっちが胃が痛くなる。

 俺も頭を下げて、閣下の背中を追おうとした……その時。


「お、お待ちあれ!」


 切羽詰まった伯爵が仰々しい口調で叫んだ。

 再度振り返った若い将軍に、二十歳は年上の伯爵は懇願した。


「ガスターギュ将軍、どうかうちの娘に会ってくれないか!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る