第163話 将軍のお見合い(2)

「……ってことで。閣下はコーネル伯爵家のご令嬢と会うことになったのですよ」


 大きく切った鹿肉ステーキを頬張りながら、トーマス様が事の成り行きを説明する。

 ――夕方、いつもの時間にご帰宅なされたシュヴァルツ様は、補佐官様を連れていました。

 ご主人様の「こいつには気を遣うな」との命を受け、今回は使用人も同じテーブルに着いての晩餐になったわけですが……。


「次の休みに、ガスターギュ閣下のお見合いが決まりました」


 トーマス様が食事の席で切り出したのは、衝撃の内容でした。

 シュヴァルツ様は仕事で王城に出向いた際、偶然会ったコーネル伯爵に令嬢との見合いを打診されたのだそうだ。


「勿論、閣下はお断りしたんですよ? でも、そこへたまたま国王陛下が通りかかって……」


 どうか頼むと年下の将軍に追いすがる伯爵を目撃した国王陛下は、


『いいじゃないか、シュヴァルツ卿。コーネル伯爵令嬢と会ってあげれば。そう固く考えずに』


 ……この鶴の一声には、流石の将軍も逆らえなかった。


「でも、これはただの顔合わせの場であって、結婚を確約するものではない。お見合いの結果に陛下は干渉しない。あくまで両者の意志を尊重するって、陛下にも伯爵にも言質を取りましたから」


 フォルメーア王国の貴族は政略結婚が多いが、自由恋愛にも否定的ではない。許嫁のいない貴族子女は夜会でお相手を見つけるのが通例だが、シュヴァルツ様は社交界にお出にならない。個人的な出会いの打診があるのはある意味当然の流れだ。

 話を終えたトーマス様を、シュヴァルツ様は音を立ててスープを飲みながら(最近はスプーンを使っています)胡乱げに睨む。


「それは間違いなく事実だが、どうしてお前がわざわざ俺の家人に語る必要がある?」


 ……また今回も無理矢理ついてきたらしいです。

 しかし、迷惑そうな上官に部下はしれっと反撃する。


「だって、将軍に説明を任せたら『次の休みに見合いする』しか言わないでしょう? ガスターギュ邸の家の者達がパニックを起こすのは必至。だから俺が先んじて詳細を説明させていただきました」


 ……ああ、その状況が目に浮かぶ。シュヴァルツ様は結論から簡潔に述べる人だから。


「それはそれは、お心遣い痛み入ります。トーマス様」


「お礼は激ウマご飯でおつりが来るよ」


 慇懃に頭を下げる執事に、客人は飄々と返す。

 無骨で実直なシュヴァルツ様と好対照に、トーマス様はあらゆることへの折衝が上手い。意外と苦労人なのかもしれない。


「それじゃ、もしシュヴァルツ様のお見合いが成功したら、伯爵令嬢がうちの女主人になるの?」


 マッシュポテトをもぐもぐしながら訊くアレックスに、事情通の補佐官は首を振る。


「コーネル家は数年前に嫡男を亡くしてるんだ。今は娘が一人しかいないから、閣下に婿入りして欲しいんじゃないかな? ほら、閣下には爵位がないから」


「えぇ!? じゃあ、シュヴァルツ様が伯爵家に入ったら、このお屋敷はどうなるの? オレら失業しちゃうの!?」


「アレックス、おやめなさい。すべてはシュヴァルツ様のお決めになること」


「でも……」


 嗜めるゼラルドさんに、それでもアレックスは狼狽えたまま……隣の私に、すがるような目を向けた。


「オレは嫌だよ。シュヴァルツ様がどっか行っちゃうのは! ミシェルだってそうだろう?」


 庭師少女に袖を引かれて、私は……。


「……どうしましょう」


 震える唇で呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る