第161話 猫のいる生活
ガスターギュ家の新たな仲間、ルニエ君。
彼は日がな陽だまりの窓辺やふかふかのスツールの上に寝そべりながら、あくせく働く人間達を見守っております。
そんな彼の目下のお気に入りはというと……。
◆ ◇ ◆ ◇
門の軋む微かな音に、三角耳をピンと
音もなくスツールから下りると風の速さで玄関に向かう。そして、ドアが開いた瞬間、
「ただい――」
「――にゃー!」
帰宅の声を掻き消すように、盛大に鳴きながらシュヴァルツ様の足元にうるうると体を擦り付けるルニエ。
べっこう色のお猫様は当主様にご執心で、シュヴァルツ様が家に居る時間はいつもくっついています。
食事の時も膝に乗ってくるので最初は別室に連れて行こうとしたけど、将軍が「構わない」というので今は放任しています。
それにしても、お皿に手を出そうとするルニエを完璧に牽制しつつ、自分の食べるペースも落とさないシュヴァルツ様は流石です。
あ、ルニエには専用のご飯を用意してあって、人間のご飯はあげていませんよ。健康第一。
どこに行くにも尻尾を立ててシュヴァルツ様について行くルニエ。大きい将軍と小さい猫のふれあいは、見ているこちらも心が和みます。
でも…………ちょっと、ずるいです。
ご飯をあげているのは私だし。ひっかかれながらお風呂に入れて、ノミがいないか確かめて、毎日ブラッシングもしているのに、どうして私よりシュヴァルツ様に懐いているのでしょうか!?
「え? ミシェル、ルニエに嫉妬してるの?」
アレックスがからかってくるけど、どちらかといえばシュヴァルツ様に嫉妬しています。
「猫は構わない人が好きなのですよ」
と、ゼラルドさんがアドバイスしてくれるけど、見かけるとつい抱っこしたくなっちゃうんですよ!
……勿論、嫌がる時は触りませんが。
シュヴァルツ様は人にも猫にも自然に接していて、皆に信頼されているから羨ましいです。私は、どうやったらあんな人になれるんだろ……?
◆ ◇ ◆ ◇
「これでよしっと」
夕食の片付けが終わって厨房の火を落としてから、居間の飾り棚にティーセットを戻して、今日の業務は終了です。
後は自室に帰って寝るだけだけど、その前に一休み。私はソファに腰を下ろし、凝り固まった肩を回す。
明日の朝食のメニューは何にしようか? サラダに半熟卵を添えて……。
ぼんやりと考えていると、不意に膝の上に柔らかな重みを感じた。……いえ、重みといっても全然重くないのですが……。
目を下げると、そこにはべっこう色の猫さんが。彼は私の膝の上で香箱を組んで、撫でろとばかりに私を見上げてきます。
……人類はお猫様には逆らえません。
指が埋まるほど長い獣毛を優しく撫でていく。
ルニエはコロコロと喉を鳴らしながら、気持ちよさそうに目を閉じている。
「ふぁ……」
膝の上が温かくて、私まで眠くなっちゃう。そろそろ自室に戻りたいけど、もうちょっとこのままで居たい。
気怠い葛藤の中、私はいつしか……。
「……おい。ミシェル、起きろ」
……よく知った声が耳に響く。
「こんなところで寝るな」
瞼が重い。頑張って持ち上げるけど、薄目程度しか開かない。ぼんやりした視界には、顔をしかめたシュヴァルツ様が映っている。
「ったく。お前はずるいな」
長い指先が、ルニエの額をくすぐる。
「俺は滅多に触れることすらできないのに……」
……何に?
次の瞬間、パチッと開いた私の目に、シュヴァルツ様は一歩飛び退いた。
「あれ? 私……」
夢と現実の区別がつかない。さっきの言葉は……?
「寝るなら部屋で寝ろ。体を壊す」
「あ……はい。おやすみなさい」
言うだけ言って居間を出るシュヴァルツ様に、ルニエは乗った時と同じ気軽さで私の膝から下りて彼の後をついていく。
残された私は、彼らの消えたドアにポツリと呟いた。
「……やっぱり、羨ましいな」
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