第155話 お屋敷の怪談(3)
「どうされたのですか? お二人共」
居間に入ってきたゼラルドさんが見たものは、すました顔で紅茶を啜るアレックスと、涙目で彼女に抱きつく私の姿だった。
「このお屋敷に幽霊が出るって噂があってさ、それをミシェルに教えたらこんな状態になってんだよ」
年下少女はニヒヒと笑って年嵩の執事に告げ口する。
……だって、怖いものは怖いんだもの。
でも、お化けの噂なんて子供っぽいって、落ち着いた大人のゼラルドさんには呆れられちゃうかな? なんて思っていたら……。
彼は空いている椅子に座ると、ティーポットに残っていたお茶を勝手に注ぐ。
「それは興味深いですな。
……思いの外、乗り気でした!
「某の祖国には、大昔に極悪非道な領主の住んでいた『首刈り城』と呼ばれる建物がございまして……」
「ひぃ!」
「おお、すげえ! オレもじいちゃんに聴いた話だが、さるお屋敷には『ハラワタ抜きの柳』って木が生えてて……」
「ひぇっ」
「惨事があった場所はそれに因んだ名が付くものですな。以前通り掛かった村にあった『姫喰い沼』には、魔物に生贄を捧げる風習が……」
「はわ……っ」
「聴いた話なんだけど。深夜、城下通りを歩くと並木の三本目の下にびしょ濡れの……」
「……何やってんだ、お前ら?」
「きゃーーー!!」
不意に深くよく通る声が響き、私はとうとう飛び上がった。
いきなり悲鳴を上げた私を、ドアから顔を出したシュヴァルツ様が怪訝な顔で見つめている。
「どうした? ミシェル。何かあったのか?」
太い眉を寄せ、剣呑な唸り声を出して私以外を威嚇するご主人様に、アレックスもゼラルドさんも色を失くす。
「い、いやだなぁ、シュヴァルツ様。オレ達、ミシェルをいじめたりしてないよ!」
「そ、そうですぞ。使用人同士、親睦を深めていただけで……」
「ほ、本当です! 仲良しです!」
あまりの迫力に、アレックスとゼラルドさんはおろか、私まで必死で弁明してしまう。久しぶりに怒ったシュヴァルツ様を見ました。
「ただちょっと、怪談話をして盛り上がってただけですよ。あ、そうだ。シュヴァルツ様も何か怖い話、知りません?」
アレックスに水を向けられ、彼は右上に目を動かして少しだけ思案して、
「……くだらん」
ばっさりと切り捨てた。
「今日はアレックスが越してきた祝いだ。外に飯を食いに行くぞ」
「本当!? 嬉しい! さすがシュヴァルツ様!」
さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら。大はしゃぎするアレックス。
「では、すぐに外出の支度を」
先に居間を出るシュヴァルツ様とアレックスにゼラルドさんも立ち上がり、私はティーセットを片付ける。
カップをトレイに載せている私に、ゼラルドさんはぼそりと呟く。
「……そういえば、辺境にはシュヴァルツ様に因んだ地名がいくつかあるそうで」
私ははっと息を呑んだ。
ゼラルドさんはシュヴァルツ様の名前を頼りにこの屋敷を探し当てたから、将軍の話題に詳しいのだろう。
……『戦場の悪夢』の二つ名を持つシュヴァルツ様。自身の武勇を語らない彼は、きっと……。
「ミシェル、早くー!」
「あ、はい!」
私は頭を振って落ち込みかけた心を追い払うと、トレイを厨房に下げてみんなの元へ急いだ。
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