第154話 お屋敷の怪談(2)

 アレックスが私の隣――彼女曰く、エディ坊っちゃん――の部屋に荷物を置いてから、二人で一階に下りる。

 居間で紅茶を淹れて、ローテーブルを囲んで膝を突き合わせる。ガスターギュ家は使用人も屋敷の共有スペースを使い放題です。


「じゃあ、教えてやるよ。パストゥール家が呪われた理由を」


 彼女は紅茶で喉を湿すと、伏し目がちに雰囲気たっぷりに語りだした。


「……これは、オレの親父がまだ子供で、じいちゃんが庭師の親方だった時の話だ」


 アレックスの祖父は、先代のパストゥール伯の頃からこの屋敷に出入りしている腕のいい職人だった。

 パストゥール伯とその夫人には、一人の息子がいた。息子はとても賢く王都の高等学院を主席で卒業するほどで、夫妻の自慢だった。

 しかし……順風満帆なパストゥール伯爵家に暗雲が立ち込め出したのは、息子が父の領地経営を手伝いをし始めてからだった。

 息子が父の古臭い経営方針に反発し、新規事業の立ち上げを画策したのだ。いがみ合う夫と息子の間をなんとか取り持とうと奔走していた夫人が心労に倒れ、そのまま亡くなると、父子の溝は決定的になった。


 ――そして、ある日。事件は起きた。


 息子は親戚と領地の有力者を抱き込み、父に伯爵位の譲渡を迫ったのだ。古参の重鎮にも裏切られた父は、憤怒に顔をどす黒く染めながらも、爵位譲渡書類にサインをした。

 書類を息子に投げつけながら、元伯爵はこう叫んだ。


『この屈辱を決して忘れはせぬぞ! パストゥール伯爵家はお前の代で終わる! 儂が終わらせてやる!』


 そしてそのまま屋根裏に上り……。


「北側の庭の隅、いつもじめじめ湿ってるだろ? あそこで死体が発見されたんだって」


 アレックスの言葉に、私はごくっと喉を鳴らした。

 ……そこ、私の部屋の真下なんですけど……。


「それからさ、夜中に屋敷のあちこちで白い影……先代の伯爵の幽霊を見たって話が囁かれるようになってさ」


 庭師少女は続ける。


「でも、当の息子は気にせずこのお屋敷で暮らしていて、結婚もして事業も順風満帆。いつしか噂も消えていったんだけど……」


 噂が蒸し返されたのは、現伯爵夫人が第二子である息子が生まれた頃だった。夫妻は待望の跡取りを喜び、第一子のナタリー嬢も年の離れた弟の誕生を大層可愛がった。

 しかし……。


「ナタリーお嬢様が変なことを言い出したんだ」


『エディを睨んでいる怖いおじいさんがいる!』


 ……と。

 それを聴いた伯爵が思い出したのは、先代の呪詛の言葉だ。『パストゥール伯爵家を現当主の代で終わらせる』という叫び。

 伯爵は娘の妄言は誰の入れ知恵だと使用人達に当たり散らした。

 それから一気に伯爵家の空気は悪くなり、令嬢は寄宿学校からあまり帰って来なくなり、夫人は日に日に窶れていった。伯爵も神経質になって、些細なことで怒鳴りまくっていたという。

 そして、とうとう夜逃げに至った……。


「その話、事実なの?」


 すっかり冷めた紅茶を飲みながら尋ねると、アレックスはあっけらかんと返す。


「さあ? 噂好きのメイドに聴いた与太話だからね」


 それから、すっと目を細めて、


「でも、先代の死は本当。じいちゃんが言ってた」


 ……真実と虚構が混じり、語り継がれる伝説になる。

 もしかして、市場の人が『お化け屋敷』って言ってたのって、荒れたお庭のことじゃなく、この噂のことだったの……?

 古い家にはいわくの一つや二つは付き物だ。でも、そんなこと考えたこともなかった……。

 ほうっと息をついて、私がティーカップに口をつけた……瞬間! 


 ガチャッ!


「きゃあ!」


 突然、居間のドアが開いた。

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