第153話 お屋敷の怪談(1)

 と、いうことで。

 ガスターギュ邸にアレックスが引っ越してきました。


「二階の空いている好きな部屋を使って」


 玄関ホールから続く大階段を上りながら、私は彼女を振り返る。


「へ? 屋根裏部屋じゃないの?」


「使用人も客室で寝るのが我が家の方針なの」


 私も最初は驚きました。そもそもシュヴァルツ様は使用人への接し方を知らなかったのよね。


「シュヴァルツ様は南端の一番端の部屋をお使いになられています」


「当主の主寝室だ」


「ゼラルドさんはその二つ隣」


「執事部屋だ」


「私の部屋は北の一番端」


「ナタリーお嬢様の部屋」


説明する私に、先代庭師の娘が注釈を入れていく。

 ……ちょっと気になる。


「アレックスって、以前住んでいた方達を知ってるんでしょ?」


「ああ」


「お屋敷の中も詳しいの?」


「うんにゃ。二階に上がったのは初めて。でも、玄関先まで出入りしてれば、誰の部屋かくらいは判るよ」


 確かに、このお屋敷の造りだと、玄関ホールの吹き抜けから二階の廊下が丸見えだ。


「どんな方達だったの?」


「パストゥール伯爵家は鼻持ちならない典型的な貴族ってカンジ。使用人に横柄だったよ」


 前の住人はパストゥールって名前だったんだ。


「家族仲は悪くなかったかな? ナタリーお嬢様は女学校の寄宿舎に入ってて長期休みにしか帰ってこなかったけど、坊っちゃんもまだ小さかったし」


 私が使っている部屋は十代の女の子の部屋。その隣の部屋にはベビーベッドが置かれていた。


「でもさ……坊っちゃんが生まれてから次第に喧嘩が増えていってさ。思えばあの頃から事業が傾いてたんだと思う」


 アレックスは上目遣いに思い出しながらしみじみと語る。

 ……うちの実家も、お金がなくてギスギスしてました。他の三人は私を人身御供に仲良くしていましたが。


「でも、オレ達下級使用人はそんな事情知らないじゃん? 執事は知ってたかもしれないけど、口が固かったし。だからさ、オレ達は噂してたんだよ。これは先代の呪いじゃないかって」


 ……呪い?


「その後すぐ、伯爵一家が夜逃げしちゃって大変だったんだぜ! メイドも下男も大騒ぎだし、借金取りの用心棒が大勢来て屋敷を閉鎖しちゃうし、執事はちゃっかり金目の調度品持ち逃げしたみたいだし!」


 それからの出来事は知っている。雇い主の賃金未払いのせいで、アレックスは一家離散の憂き目に遭った。でも……。


「先代の呪いって……なに?」


 自然と声のトーンを落として訊く私に、彼女はポニーテールの小首を少しだけ傾げて――


「知らないの? このお屋敷、なんだよ」


 ――にやりと弓のように口角を上げた。

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