第150話 アレックスの決断(4)

「ほんっっっっとうに! ウチの宿六がご迷惑をお掛けしましてっ!!」


 や……宿六?

 何度も頭を下げるアレックス母に、ガスターギュ家御一行はタジタジです。


「頭を上げよ、ウッドワード夫人。こちらは迷惑などしておらん」


 シュヴァルツ様がそう執り成すけど、


「いやっだぁ! ウッドワード夫人なんて、そんな大層な言い方なさらなくても! ローズと呼んでください。ローズと!」


 アレックス母……ローズさんの勢いは止まりません。

 物怖じしないのが、アレックスの家系のようです。

 ……ウッドワード夫妻と娘が再会したのは、ほんの一時間前のこと。

 何故、ローズさんが療養施設に居たのかというと……。


「アレックスに手紙をもらって、様子を見に王都まで来たのさ。そしたら、駅馬車を降りてお屋敷に向かおうとしていたら、この人に声を掛けられて」


「手にアレックスの封筒を握っていたので、つい」


 ローズさんの言葉を、ゼラルドさんが継ぐ。

 そういえば、手紙を出す時、目立つ方が紛失し難いからとゼラルドさんに縁に模様のある封筒を貰ったんだっけ。見覚えのある封筒と面影ありまくりな顔では、敏い老執事が見逃すわけがない。で、お屋敷より療養施設の方が近いから、先回りして連れて来たと。

 それから終業後のシュヴァルツ様を捕まえて連れてきたのだから、ゼラルドさんのフットワークは軽すぎです。


「まったく、真面目に働いてるっていうから来てみたら、飲み過ぎで身体壊しただなんて。あたしゃ情けなくてため息しか出ないよ」


「……面目ない」


 大きな息を吐き出すローズさんに、ベッドの上で上半身だけ起こしたジムさんがしょんぼりと項垂れる。

 落ち込んだ姿は気の毒だけど、三日前より大分顔色が良くなっていることには安心する。

 ローズさんも配偶者ということで、ジムさんの容態を医師から説明されている。


「いい年してどれだけ娘に負担を掛ける気だい? 暫くは働けないんだろ? どうやって生活していく気なのさ?」


「それは……」


「オ、オレが面倒見るよ!」


 一方的に責め立てられる父親に、とうとうアレックスが口を挟んだ。


「オレ、シュヴァルツ様の屋敷の庭師として立派に働いてるんだぜ! ちゃんとお給金も貰ってる。オレが親父を養うよ。ううん、親父だけじゃなく、母さんも弟達も。だからさ……」


 必死な娘の声を、母はこれみよがしな大きなため息で遮った。


「……あんた、こんな娘を見てどう思う?」


 眼光鋭く振り返るローズさんに、ジムさんはうぐっと呻く。


「いつまでも過去に囚われて小さなプライドにしがみついてたって、どうにもなりゃしないよ」


 諦観したような、それでいて慈悲深い声で、妻は夫を諭す。


「だからさ……あたし達と暮らそう」


「……へ?」


 はっと顔を上げたジムさんに、ローズさんは優しく微笑む。


「うちの郷里、土地だけはだだっ広くていい作物が採れるからさ。家の手伝いをしながら、のんびり身体を癒やしていけばいいよ。下の子達も自然に囲まれてのびのび暮らしてるし、父ちゃんにも会いたがってる。代々王都の貴族屋敷の庭師家系ってのがあんたの誇りだってのは重々承知だ。でも、一旦それを休んで、自分と家族の為に過ごすのもいいんじゃない?」


 ……それは、酒に溺れていた時のジムさんには届かなかった家族の説得の言葉だ。


「ローズ……」


 ジムさんは妻の手を取り、感極まって男泣きする。


「すまん! 今まで意地を張ってお前達に苦労をかけて! 完全に目が覚めたよ。俺に一番大事なのは家族だ。やり直そう。……みんなで一緒に暮らそう!」


「あんたぁ……!」


 瞳を潤ませたローズさんも夫に抱きつく。

 絆を確かめ合った夫婦に、病室は温かい空気に包まれる。ゼラルドさんはそっとハンカチで目頭を押さえている。

 ……良かった。これでアレックスの夢が叶うんだね。

 胸がいっぱいになりながら庭師少女を見ると、彼女は俯いて肩を震わせていた。

 泣いているのかな?


「アレ……」


 私が声を掛けようとした、その時。


「っっっざけんなああぁぁぁ!!」


 アレックスが大噴火した!

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