第151話 アレックスの決断(5)

「なんだよ! 親父も母さんも何なんだよ!? なんでもかんでも勝手に決めて!」


 突然怒鳴りだした娘に、父と母は抱き合ったままキョトンと顔だけ向ける。


「ど、どうしたんだ? アレックス」


「家族で暮らせるのが嬉しくないの?」


「嬉しいよ!」


 間髪入れず叫ぶ。


「嬉しい……けど。けど……っ」


 ギリリと奥歯を噛み締め次の言葉を飲み込むと、娘は踵を返して病室を駆け出していく。


「アレックス!」


「ミシェル」


 赤いポニーテールを追おうと踏み出した私の背中に、落ち着いた声が掛けられる。


「アレックスに訊かれたら伝えろ。『自分で決めろ』と」


 ……なんのことだろう?


「はい!」


 理解は出来なかったけど了解の返事をして、私も病室を後にした。


◆ ◇ ◆ ◇


 黄昏が金色に街を溶かしていく。

 転げるように階段を駆け下り療養施設を出た私は、建物の裏手のベンチであっさり捜し人を発見した。

 ……多分、見つけて欲しかったのだろう。

 膝を抱えて座るアレックスの隣に、私は何も言わずに腰掛けた。

 ……。

 忍び寄る夜の気配が、足元から熱を奪っていく。


「……オレ、頑張ってたんだけどな」


 白い息と共に弱音を吐く。


「オレが頑張れば、親父は元の親父に戻って、母さんも弟達も帰って来てくれて、また元の暮らしに戻れるって思ってたんだ」


 膝の上に載せた腕の中に、顔を伏せる。


「でも……せっかく望み通りになったのに……なんか違うんだ」


 肩が小刻みに揺れている。


「オレ、何も変えたくなかったんだ。オレが頑張って、親父が仕事するようになれば、またみんなで王都ここで暮らせるって思ってた。親父が身体を壊したのは仕方がないし、王都を離れた方が環境がいいのは判ってる。母さんの実家じいちゃんち、空気が美味くて良い所なんだ。なにより弟達もいる」


 アレックスは自分に言い聞かせるように、いくつもメリットを上げていく。

 ……でも。


「でも、オレにだって、王都こっちに大事な物がいっぱいあるんだ。仕事だって、ちゃんとお屋敷に貢献してきたつもり。なのに、オレの言い分なんて一つも聞かずに勝手に決めて……」


 ……嬉しいけれど、完全には納得できない。人の心は複雑だ。


「なあ、ミシェル」


 アレックスは顔を上げると、縋る瞳で私を見た。


「オレはどうすればいい? せっかく親父も立ち直って母さんも親父を許したんだ。オレが我儘言ってまた家族がバラバラになるのは嫌なんだ。でも……でもオレは……」


 相手の意思を尊重したい。でも自分の気持ちも譲りたくない。それは……お互いが大切だからだ。


「アレックス」


 私は冷えた彼女の両手をぎゅっと握る。

 ――そうか、そういうことだったのか。今はっきりと、彼の意図を理解した。


「シュヴァルツ様からの伝言です。『自分で決めろ』と」


「……は?」


 アレックスは一瞬目を皿にしてから、みるみる頬を膨らませた。


「なんだよ、それ。完全放置じゃん」


 彼女の尖った唇に、


「いいえ、違うわ。アレックス」


 私は苦笑してから真顔に戻す。


「シュヴァルツ様の『自分で決めろ』はね、『あなたの決断を支持する』って意味なの」


「支持?」


 鸚鵡返しされて、私は頷く。


「シュヴァルツ様は、あなたの決断を信じて必ず味方になってくれるわ。勿論、私も」


 握った手から体温を分ける。


「だから臆せずご両親と話し合って。どんな答えを出しても、私達はアレックスの味方だよ」


「……うん!」


 アレックスは跳ねるように立ち上がると、両手で頬をパンッと叩いて気合を入れた。


「ありがと、ミシェル! シュヴァルツ様にも!」


 それから全速力で、来た道を駆け戻った。

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