第149話 アレックスの決断(3)

 夕暮れが近づくと、箒を持った赤毛の庭師がそわそわし出す。


「そろそろ上がっていいよ、アレックス」


 私が声をかけると、犬だったらピンっと耳を三角に立てただろうというくらい表情を輝かせて、彼女はいそいそと庭仕事道具を片付けていく。

 ――ジムさんが倒れて三日。

 幸い、彼の病状はそれほど悪くなく、医師の話では数日で退院できるとのことだった。

 入院当日から毎日、アレックスは仕事終わりに父親の見舞いに軍の療養施設に通っている。お屋敷うち的には仕事を休んでつきっきりで看病してもいいと許可しているのだけど、「親父がこんな時こそちゃんと働けって言うから」という事情だ。

 もうすぐジムさんは退院できるけど、問題はその後。

 弱った内臓を整える為に食生活を改善し、適度な運動で体力を取り戻していかなければならない。維持するのは大変なのに、壊れるのは一瞬だから、健康は大事です。

 とりあえず、ジムさんの身体が本調子になるまでアレックスと一緒に屋敷に住まわせようということで、シュヴァルツ様からの同意を得ています。


「じゃ、オレ行くね!」


「あ、待って」


 身支度を済ませてその場足踏みするアレックスを、私は呼び止める。


「私もお見舞いに行くよ」


 まだ早い時間だから、ジムさんの様子を見てから戻っても、シュヴァルツ様の帰宅時間には間に合うだろう。

 ゼラルドさんがお遣いに出ているけど、鍵を持っているから問題ない。

 私はメイドキャップとエプロンだけ外し、アレックスと共にお屋敷を後にした。


◆ ◇ ◆ ◇


 軍の療養施設はガスターギュ邸から二区画先、城下大通りの側にある。

 簡素な石造りの建物は、近隣では珍しい三階建てだ。

 コツコツと靴音が響く硬い階段を上って行くと、いくつもの同じドアが並ぶ廊下に出る。ここが入院病棟だ。寒々しい白い壁は、いつ来ても慣れない。

 ジムさんの病室は、奥から四番目の……、


「あれ?」


 私は見知った人影に首を傾げた。

 庭師の病室の前に立っているのは、キチッとセットされた白髪グレイヘアーに背筋の伸びた身体を包む燕尾服。


「ゼラルドさん」


 私の声に、老紳士が振り向いた。


「なんだ、じーさんも親父の見舞いに来てくれたのかよ」


 気さくに笑いかけて駆け寄ろうとしたアレックスの足が宙に浮いたままピタリと止まる。

 茶色の瞳が、驚きに見開かれたまま動かない。その視線の先を辿ると……、ゼラルドさんの傍らから、ひょこりと女性の頭が覗いていた。

 一つ縛りにした赤色の髪に、少し目尻の上がった意志の強そうな顔立ちの彼女は――


「かーさん!?」


 ――わあ、そっくり。

 ジムさんの奥さんで……アレックスのお母さんでした。

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