第146話 コーヒー

 用事のない休日は、家でのんびり過ごします。

 いつもより遅く起きて、好きな服に着替えて、気が向いた時に適当に軽食をつまむ。

 とびきり自堕落で最高の時間。

 自室にいるのに飽きたら、気分を変えて居間で寛ぐのも良し。先日仕入れた、まだ飲んだことのない産地のコーヒー豆を挽こうかな。

 山と海に囲まれ、地域によって気候が異なるフォルメーア王国では、北東部では茶の木、南西部ではコーヒーの木の栽培が盛んです。物流の拠点である王都には、様々な種類のお茶の葉とコーヒー豆が入ってくるので選び放題だ。

 ゼラルドさんは断然紅茶派だけど、私はコーヒーも好き。

 ミルに浅煎りのコーヒー豆を入れて、ゆっくりとハンドルを回していく。このコーヒーミルは前住人が置いていった物。年代物だけど、お手入れしたら十分現役で活躍してくれています。

 ガリゴリと小気味よい音と共に、浅煎りの華やかな香りが室内に広がっていく。


「お、いい匂いがするな」


 香りに誘われたのか、シュヴァルツ様が居間に入ってきた。もう午後だというのに、寝間着とも普段着とも取れないチュニック姿にボサボサ髪は、今まで寝ていたのかもしれない。


「コーヒーを淹れようと思って。一緒に飲みますか?」


「ああ」


 定位置の長椅子に腰を下ろす彼の対面で、私はまたハンドルに手をかける。

 ガリゴリガリ。一定のリズムで豆を挽いていく。


「ゼラルドは?」


「朝早くに出掛けたみたいですよ」


 休日のゼラルドさんはあまり家にいない。王都に来て日が浅いので、「色々と探索しています」だそうです。

 ガリゴリガリゴリ。


「……代わるか? 俺の方がミシェルより早く豆を砕けそうだ」


 私の緩慢な動作に焦れるシュヴァルツ様に苦笑する。


「大丈夫ですよ。ミルはあまり早く回すと熱くなるので、ゆっくり一定の速度で回すのがいいんですよ」


 摩擦熱でコーヒー豆の味や香りが落ちたら勿体ないです。

 平日は数日分纏めて挽いているけど、一杯の為に時間を掛けられるのが、休日の醍醐味。

 ガリゴリガリゴリガリ。


「……そういえば、ここでシュヴァルツ様にコーヒーを淹れてもらったことがありましたね」


「ああ、あんまり美味くなかったが」


 シュヴァルツ様はふっと思い出し笑いする。


「俺の赴任先ではコーヒーは滅多に手に入らない貴重品でな。何故、皆はあんなに豆の煮汁をありがたがっているのか不思議だったのだが……。王都に来て、ミシェルの淹れてくれたコーヒーを飲んで、初めてその理由が解った」


 それは最上級の褒め言葉ですね。

 ……私もシュヴァルツ様のあの日のコーヒーに救われたのですよ。


「湯を沸かそう。今日は俺が淹れるから、エグくならないコツを教えてくれ」


 戸棚からコーヒーメーカを取り出す彼に、私は「はい!」と笑顔で頷いた。

 止まったかと思えるほど緩やかに流れていく二人だけの時間。

 私は何気なくて特別な休日を満喫しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る