第145話 庭師親子(4)
「……お恥ずかしいところをお見せしまして……」
昼時のテラス。まかないのクリームパスタを前に、ジムさんは肩を落とす。その額には大きな湿布薬が貼られている。幸い、彼の怪我はコブができた程度で済みました。
「親父は庭のこととなるとすぐ熱くなるんだから。ガスターギュ邸は特殊なんだから気をつけないと」
グチグチとお小言をいいながら、娘はパスタを頬張る。
アレックスとジムさんはあまり似ていないように見えますが……彼女との初対面を思い返すと、やっぱり親子なんだなって実感します。
「しかし、治安の良い王都にあんなに大量の罠を仕掛けるなんて、シュヴァルツ様は命を狙われているんですか?」
ジムさんの疑問はもっともだけど、
「いえ、ただの防犯を兼ねた趣味ですな」
ゼラルドさんが身も蓋もない返答をする。
「防犯特化のお庭ですか。それならば、もっと見栄え良く罠を隠す方法も……。穴も芝の継ぎ目を自然にして……」
ブツブツと物思いに耽り出した父に、娘は苦笑する。
「親父、パスタが冷めるよ。ミシェルの料理は美味いんだから、熱い内に食っちゃってよ」
「お、そうだな」
ジムさんははにかんでフォークを動かす。そんな父を嬉しそうに見つめてから、アレックスは自分の皿を平らげて席を立った。
「オレ、もうちょっと腹減ってるな。何かない?」
「厨房に朝食のパンの残りがあるけど」
「じゃあ、それ貰うね!」
跳ねるように屋敷に飛び込んでいくポニーテールを見送って、父は小さく息をついた。
「ミシェルさん、ゼラルドさん、本当にありがとうございます」
改まって、頭を下げる。
「私が失業して自暴自棄になったせいで、女房と下の子達は出ていき、あの子にも荒んだ生活をさせてしまいました。でも……」
顔を上げ、私とゼラルドさんを交互に見る。
「このお屋敷に勤め始めてから、アレックスは明るくなりました。身なりも綺麗になって、本来親がしてやらなきゃならないことまでしてもらって……」
涙で言葉が詰まる。
「私もアレックスと共に精一杯お屋敷にご奉公させて頂きます。そしていつかまた家族一緒に暮らせるよう努力します」
「……そのお心、どうかお忘れにならぬよう」
ゼラルドさんの重厚な言葉に、傍らの私も頷く。
元々、腕のいい庭師だったというジムさん。一度は道を間違ってしまったけれど、またやり直せればいいな。……アレックスの為にも。
「ただいまー! あれ? 親父また食べ終わってないの? 午後の仕事始まるぞ」
パンを齧りながら戻ってきたアレックスが呆れた声を出す。
「あ、ああ、すぐに……」
慌ててパスタの残りを掻き込んだジムさんが、途端に噎せてしまう。
「あー、もー! 何やってんだよ、親父」
やれやれと父の背中をさすり、水を渡すアレックスは幸せそうで……。私の頬まで緩んでしまった。
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