第131話 山へ(4・補佐官の悪巧み)

 のほほんとゆる~い空気が流れる、平和な休日。

 レバーパテとチーズのサンドウィッチを一つ食べ終わった俺は、すっくと立ち上がると声を張り上げた。


「あ、あっちででっかい魚が跳ねた! アレックスちゃん、ゼラルドさん、捕まえるよ!」


「え! どこどこ!?」


「ふむ、この時期だと鱒ですかな」


 釣られて俺と一緒に泉の畔まで近づいていくガスターギュ家新人使用人達。

 ……しめしめ、上手くいったぞ。


「なあ、魚どこ?」


 真剣に底まで見える透明度の高い泉を覗き込むアレックスに、俺も屈み込んで顔を寄せた。


「う・そ」


「は? 騙したのか!?」


 瞬時に沸騰する庭師少女に、俺はしーっと人差し指を立てた。


「騒がないで。せっかくだから、二人にさせてあげようと思ってさ」


 肩越しにブナの木陰を窺うと、甲斐甲斐しく給仕する私服のメイドさんと、すっかり寛いだ将軍の姿。

 自分の無粋に気づいたのか、さすがのアレックスも口を噤む。ゼラルドは最初から判っていたのか、飄々としている。……この不死者はなんとなく油断ならない。


「でさ、ぶっちゃけどうなん?」


 右にアレックス、左にゼラルドを従え、俺は声を潜める。


「どうって?」


「ガスターギュ閣下とミシェルさん。屋敷いえだとどんな感じなん?」


 アレックスはうーんと上目遣いに考えて、


「いつもあんな感じだよ。オレ、シュヴァルツ様が帰宅する前に帰っちゃうから、あんまり二人が一緒のとこ見たことないけど」


 使えない回答だった。


「じゃあ、ゼラルドさんは? 二人と一緒に住んでるんでしょ? いい雰囲気になったりしてないの?」


 俺の年齢以上の執事経験を持つという老紳士は、表情一つ変えず、


「某は一介の使用人。主のプライベートには干渉致しません。それはミシェル殿も同じかと」


 ……あー。これ、絶対喋らないヤツ。命助けて貰ったって聞いたけど、のっけから忠誠心最高値じゃん。


「逆にお尋ねしますが、トーマス様は何故我が主の私生活を気にするのでしょうか?」


 眼光鋭く切り返してくる不死者を、俺はしれっと受け流す。


「ただの知的好奇心」


的好奇心ですか」


 ……なんか、言葉に棘があったぞ?


「でもさ、見ててもどかしくならない?」


 俺は泉に小石を投げながら、ぼそりと囁く。


「閣下とミシェルさんってあんなにイイカンジなのに一向に進展しないじゃん? とっととくっついちゃえって思わない?」


 上目遣いに窺うと、アレックスとゼラルドは困ったように目を見合わせる。


「まあ、そりゃあちょっとは思う……けどさぁ」


「……この老骨からは何も申し上げられません」


 言えないのが答えだ。庭師も執事も、ご主人様とメイドの恋を快く思っている。周りに応援される関係って、結構貴重だと思うぞ。


「あの二人だって、お互いを憎からずと思ってる。でも、二人共晩稲おくてでなかなか進展しない。だからさ……俺達で手助けしない?」


「手助け?」


 聞き返す庭師少女に、俺はにんまり口角を上げる。


「ほら、窮地の時こそ互いの大事さを実感することってあるじゃん? だから、例えばミシェルさんを遭難させるフリをして、閣下に探させると……か?」


 言い終わる前に、頭上が翳る。

 気がつくと俺は、立ち上がって恐ろしい形相で見下ろしてくるガスターギュ家使用人二人に囲まれていた。


「……あんた、何考えてんだよー!!」


 最初に噴火したのはアレックスだ。


「遭難? この冬籠り前の獣がたくさんいる山の中で!? ばっかじゃない! 一歩外れただけで迷うような山道だよ? シュヴァルツ様はともかく、ミシェルは一人になったらあっという間に行き倒れるよ! そんな危険に晒せるかよ!」


 彼女の怒りに被せるように、ゼラルドも追撃してくる。


「そうですぞ! 百戦錬磨のシュヴァルツ様ならいざしらず、足場も悪く天候も気温も変化の激しい山中に何の鍛錬もしていない民間人ミシェル殿を放置するなど、言語道断! 鬼畜の所業! たとえフリでもしてはならぬこと! 軍人のくせにそんなことも解らないのですか!」


 二人の剣幕に、将軍補佐官の俺は……、


「ご……ごめんなさい。二度と言いません……」


 全面降伏するしかなかった。

 ……この二人、ガスターギュ閣下への忠義もあるけど、何よりミシェル嬢のことが好きなんだよな。

 屋敷の主と同じくらい使用人に慕われてるって、それはもう女主人じゃん。

 ここまで外堀埋まってるのに、どうして付き合ってすらいないんだよ?


 ……一応貴族の俺は、異変に気づいたミシェル嬢が止めに来るまで、膝を抱えて延々と続くガスターギュ家使用人の説教を浴び続けた。

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