第132話 山へ(5)
お昼ご飯が終わったら、いよいよ本日のメインイベント『栗拾い』です。
「こうやって栗のイガを両足で踏んで裂け目を割って、中の栗だけ取り出すんだ。穴が開いてるのは虫が食ってるから注意な!」
長い火ばさみで拾い上げた栗の実を掲げて、アレックスが言う。
最年少の彼女の指導の元、大人達が腰を折り曲げ地面に落ちている栗のイガを物色する。
アレックスお薦めの栗林は山道から少し奥まった場所にあって、私達以外の人の姿はない。当然、足の踏み場に困るほど転がっているトゲトゲの木の実も採り放題なのだけど……。
「結構、栗が入ってないイガもあるのね」
火ばさみの先でイガをひっくり返す私に、庭師少女が笑う。
「そりゃあ、栗を食うのは人間だけじゃないから。リスやアナグマや鳥、イノシシや熊だって食べに来るぞ」
「く、熊が出るの!?」
「山なんだから、熊ぐらい居るさ」
事も無げに返すアレックスに、私はビクビクと辺りを窺う。うう、茂みが風で揺れる音にさえ肩が震えちゃうよ。
「ミシェルさんて、熊嫌いなの?」
ひょいひょいと要領よく栗を麻袋に放り込みながら、トーマス様が訊いてくる。
「嫌いというか……昔、絵本で熊が村を襲う話を読んだことがあって、それで怖くて……」
涙目の私に、補佐官様は苦笑する。
「へえ、毎日野生の熊より怖い人と一緒にいるのに、意外だね」
……トーマス様は、たまにリアクションに困る不敬発言をします。
「でも、大丈夫だよ。熊が出たってガスターギュ閣下が素手で一捻りだから。ね、閣下!」
部下の無茶振りに、将軍は真顔で答える。
「素手は無理だが、一応戦斧は持ってきた」
なんで戦う気満々なんですか。そして、やたら荷物が多いと思ったら、そのせいだったのですね。
「
ゼラルドさんが燕尾服のボタンを開くと、掌大の筒と湾曲した細刃のナイフが二本覗く。そのジャケットの収納、どうなってるんですか??
「俺も帯剣してるよ」
張り合うようにトーマス様も防寒マントを捲って見せる。
「軍人さんは用意がいいなぁ」
男性陣の装備に、アレックスが呆れたため息をつく。
「オレなんて、コレしかないよ」
そう言って彼女が取り出したのは、自身の上腕ほどの刃渡りの
アレックスまで……。
……私、ペティナイフしか持ってないんですけど。しかも、バスケットと一緒に泉の畔に置いてきちゃいましたし。
備えがあるのは良いことですが……。
(何事もなく一日が終わりますように)
青い空に、思わずそう願わずにはいられませんでした。
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