第126話 秋の楽しみ(5)
焚き火が消える頃には、辺りはもう真っ暗だ。
「では、某はアレックスを送って参りますので」
「うむ、任せた」
折り目正しく頭を下げるゼラルドさんに頷くシュヴァルツ様の横で、当のアレックスが不満げに唇を尖らせる。
「えー! わざわざ送らなくていいよ。一人で帰れるから」
「それはいけません」
グレーヘアーの紳士は赤毛の若い庭師をきっぱりと嗜める。
「あなたは成人前の女性です。年少者を庇護するのは大人の務め、暗い夜道を一人で歩かせるわけにはいきません」
至極真っ当な成人男性の意見に、少女はうぐっと声を詰まらせてから、
「そ、そんなに言うなら送らせてやるよ……」
高飛車にプイッとそっぽを向いた。
アレックスは親に頼れない環境にいたから、他人に頼るのも苦手なんだよね。……私も、気持ちは解る。
ゼラルドさんはそんな彼女を根気よく諭してくれる貴重な存在だ。
老紳士と少女が去った後は、後片付け。
しっかり消火を確認してから、使った食器を室内に運び込む。
「すみません、手伝って頂いて」
皿を載せたトレイを率先して持ち上げるシュヴァルツ様に恐縮する私に、事も無げな声が返ってくる。
「俺が自分の家のことを自分ですることを、何故お前が謝るのだ?」
……それが私の仕事だからです。
本当は、ご主人様が使用人の仕事を手伝うのは良くないことなのだけど。何のてらいもなく手を差し伸べてくださる姿勢は純粋に嬉しい。
夜風にいつの間にか体が強張っていたので、家に入るとほっと肩の力が緩む。
「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「ああ、頼む」
お皿を厨房に戻してから、居間で寛ぐシュヴァルツ様にコーヒーを淹れる。
「コーヒーにはマシュマロを入れても美味しいんですよ。まろやかで優しい甘さになります」
「へぇ」
シュヴァルツ様はお茶請けのマシュマロを一つ取ると、カップに落とした。深い琥珀色の液体の中に、白い波紋を広げながら音もなく雪のような菓子が溶けていく。
「ん、美味い」
カップに口をつけて穏やかに目を細める彼に、私も思わず微笑んでしまう。
「では、失礼します。またご用がございましたらお申し付けください」
一礼して踵を返し、居間を出ようとした私を、
「ミシェル」
シュヴァルツ様が呼び止める。
「なんでしょう?」
首を傾げる私に、彼は真剣な眼差しを向ける。
「ここ最近、屋敷の環境が変わったが、どうだ? 負担はないか?」
オニキスのような澄んだ黒い瞳に見つめられると、なんだか頬が熱くなって胸がキュウっと苦しくなる。
……シュヴァルツ様は私が不安にならないように、ちゃんと話を聞いてくれる。
だから私も、誠実に答えようと思う。
私はこっそり深呼吸してから、ゆっくり口を開いた。
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