第125話 秋の楽しみ(4)

 銀のお盆シルバートレイに載せてきたのは、三種類のソーセージと厚切りベーコンに、一口大にカットしたチーズと下茹でした野菜。

 燻製肉は多めに作って保存しておくと、こういう時に使えて便利。

 芋は濡れた紙に包んで熾火おきびでじっくり。他の食材は直火で炙ります。


「こうして、こうだ!」


 アレックスが拾ってきた手頃な木の枝の先にフォークを括り付けて、ソーセージを刺して焚き火に翳す。こんがり焼けたらマスタードをたっぷりつけてかぶりつく。


「あちっ! うまーっ!」


 大騒ぎしながら、満面の笑みでソーセージを頬張るアレックス。


「ソーセージも美味いけど、マスタードも美味い! これってミシェルの手作り?」


「ええ。お庭の草むしりをした時にからし菜がたくさん生えてたから、それを活用して」


「ミシェルってのほほんと上品なのに、やたらと生活力高いよな」


 ……褒め言葉でしょうか?


「因みに、ソーセージも自家製ですぞ。基本のポークにハーブ入りにブラッドソーセージ。それがしとミシェル殿で協力して作りました」


「協力って、ソーセージメーカーのレバー回しただけだろ?」


「もっと重要任務です。某の舌は繊細なので参考になるとミシェル殿も大絶賛で……」


「ただの味見じゃねーか!」


 いつもの小競り合いを始めるゼラルドさんとアレックスを横目に、


「シュヴァルツ様、こちらも食べ頃ですよ」


 ベーコンを齧る将軍に私が差し出したのは、木の棒にパン生地を巻き付けて焼いた物だ。


「棒パンか、懐かしいな」


 受け取ったシュヴァルツ様はふっと目を細めて螺旋状の焦げ色香ばしいパンに唇を寄せる。


「野営地ではたまにこういうパンが出た。こんなに柔らかくなくて、もっとこう……歯が立たなかったが」


 ……毎回思うのですが、シュヴァルツ様の赴任先のパンは、どんな製法で作られていたのですか?

 秋の夕日はあっという間に西の空の端に落ち、冴えた夜が静かに街を包み込む。


「焼き芋もいいけど、焼き栗も食べたかったな」


 甘い湯気の立つヤム芋をもぐもぐしながらアレックスが呟く。

 そういえば、今は街角に焼き栗のスタンドが立つ季節だ。


「いいですね、焼き栗。私も大好きです」


 スープの入った銅製マグで冷えた指先を温めながら同意する私に、アレックスは目を輝かす。


「じゃあさ、今度みんなで栗拾い行かね? それでまたここで焚き火して焼くの! いいでしょ? シュヴァルツ様」


 期待を込めて見上げる庭師少女に、雇用主の表情が凍りつく。


「……栗はダメだ」


 冷たく吐き捨てる。


「へ? なんでですか?」


 キョトンとするアレックスに、シュヴァルツ様は神妙な面持ちで続ける。


「栗は危険だ。爆発物だ。一歩間違えれば甚大な被害が出る」


「な、なにかあったのですか?」


 聞き返す私に、彼は伏し目がちに右頬に残る傷痕を指でなぞり、


「この傷は、森での野営中に焚き火に放り込んだ栗が爆ぜて……」


 ……焼き栗を作る時は、皮にしっかりと切り込みを入れましょう。重大事故に繋がります。

 焚き火の火も小さくなり、楽しい時間もそろそろお開きだ。


「では最後にデザートで締めましょうか」


 そういって私が取り出したのは、ふわふわのお菓子。


「なんだこれは?」


 弾力のある白い物体を摘んで訝しむシュヴァルツ様に、私は正解を発表する。


「マシュマロです」


 彼は益々怪訝そうに眉根を寄せて、


「奇妙な感触だぞ? 材料はなんだ?」


「ええと、ゼラチンと砂糖と卵白と……」


 その単語が出た途端、シュヴァルツ様は大きく頷いた。


「ならば間違いなく美味いな」


 信頼と実績の卵製品です。


「こうやって軽く炙ると、中がとろけて美味しいんですよ」


 私はフォークに刺したマシュマロを焚き火に近づけて実演する。マシュマロの表面に軽く焦げ目がついたところで火から遠ざける。一口齧ると、熱せられたマシュマロがとろりと伸びて、甘さと香ばしさの絶妙なハーモニーが口いっぱいに広がる。


「成程。興味深いな」


 将軍はごくりと喉を鳴らし、自分のフォークを焚き火に向けた。

 燻る火に、じりじりと白いマシュマロが色を変えていく。


「あの、シュヴァルツ様。そろそろ火から離した方が……」


「急くな。何事も焦りは禁も……」


 はらはらする私に、シュヴァルツ様が悠然と返した……瞬間。


 ボッ!!


 小さなマシュマロは、炎を上げて燃え出した!


「な! どういうことだ、ミシェル。火の玉になったぞ!」


「落ち着いてください。マシュマロは燃えやすいんですよ!」


「なんと! マシュマロとは、燃焼剤だったのか!?」


 いえ、ただの可愛いお菓子です。

 なんだかんだで。火が消えた時には、綿雪のようなマシュマロは溶けて崩れてフォークから抜け落ちていました。


「……マシュマロは焼き過ぎると危険だと肝に銘じておこう」


「……どんなところにも危険って潜んでいるものなのですね」


 鹿爪らしい顔のシュヴァルツ様に、私も真面目に頷いて……それから目を合わせて遠慮なく笑い合った。

 アレックスもゼラルドさんも笑っている。


 ――楽しいな。


 楽しすぎて、涙が出そうになる。

 こんな日がいつまでも続きますように。

 みんなの笑顔に囲まれ、私は心からそう思った。

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