第127話 秋の楽しみ(6)
「私……自分の
ぽつぽつと、とりとめのないことを語り出す。
「私が生きてきた世界は窮屈でちっぽけで、外から他の誰かが入ってきたら追い出されてしまう。ずっとそう思っていましたし……実際そうでした」
「でも……シュヴァルツ様に出会って、このお屋敷で暮らし始めて、少しずつ変わってきました」
顔を上げ、彼を見つめる。
「シュヴァルツ様は私の存在を認めてくださって、些細なことでも感謝してくれて、本気で心配してくれました。シュヴァルツ様のお心に触れる度に、私は自分の視野の狭さに気付かされました。いつ崩れるかと不安ばかりだった足元が固まり、世界が広がっていくのを感じました」
自分で喋っていても支離滅裂だけど、最後まで聞いて欲しい。
彼も黙って私の話に耳を傾けている。
「シュヴァルツ様が私の居場所を護ってくださるから、私は安心してここに居られます。シュヴァルツ様が歩幅を合わせてくださるから、私は
私の世界を狭めていたのは私自身。自分をしっかり保っていれば居場所はなくならない。ううん、どこだって自分の居場所にできる。そして広い世界には、自分以外の誰かを受け入れるゆとりが生まれる。
それを教えてくれたのはシュヴァルツ様だ。
「ええと、結局何が言いたいのかといいますと……。つまり、私は今、とっても楽しいんです!」
しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を繋ぐ。
「アレックスとゼラルドさんと一緒に働けて楽しいです。だから私は……大丈夫です」
もう泣いて暴れたりしませんよ、と言外に力説する私に、シュヴァルツ様は優しく目尻を下げた。
「そうか。ミシェルが楽しいなら、それでいい」
彼は静かに立ち上がると、私の頬に手を伸ばした。
「お前はいつも俺ばかり褒めるが、俺もミシェルを尊敬しているぞ」
肌に触れる直前、指が止まる。
「俺もお前に会って、物の見方が変わった。今の俺の安寧な居場所を作ってくれたのは、紛れもなくミシェルだ」
「シュヴァルツ様……」
胸がいっぱいで見上げると、彼はちょっと気まずげに視線を逸し、
「……触れてもいいだろうか?」
「……どうぞ」
許可を取ってから、私の頬に指を当てる。
「柔らかいな」
そりゃあ、ほっぺですから。
「マシュマロと同じ感触だ」
……卵製品扱いしてもらえて光栄です。
彼は掌を広げ、片手で私の頬を包み込む。
わっ、顔が熱いのがバレちゃうっ。
「あ、あの、シュヴァルツ様?」
「ん?」
これはどういう状況なのでしょう!?
混乱する私に、小首を傾げたシュヴァルツ様の顔が近づいてくる。
え? ちょ? ま……っ!
呼吸も身動きも出来ず、私が硬直したままぎゅっと目を瞑った……その時!
「ただいま戻り……」
ガチャッと居間のドアが開き、ゼラルドさんが顔を出した。
彼は直立した私と、長身の腰を折って顔の高さを私に合わせたシュヴァルツ様を一瞥すると、
「……おやすみなさいませ」
恭しく頭を下げて、即座にバタンとドアを閉めた。
私達は二秒ほど見つめ合って……、
「き、今日は疲れただろう。ミシェルも早く休め」
「は、はい……」
ぎくしゃくと体を離した。
「で、では私も失礼しますね」
使い終わったコーヒーメーカーを持って私は慌ただしく部屋を辞する。
「ああ、おやすみ」
気の抜けたようにソファに腰を落とすシュヴァルツ様を尻目に、私はドアを閉め――
「……すまん」
――る寸前、微かな呟きが聴こえた。
……謝ることなんかないんですけど……。
どうしていいか判らず、私はとにかく自室に駆け込んで……眠れぬ夜を過ごしました。
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