第117話 ガスターギュ家の使用人(7)
午後は乾いた洗濯物を取り込みアイロン掛け。
せっかく炭火アイロンを用意するので、アレックス用の手袋の布も断裁して掛けちゃいましょう。あとは……。
「ゼラルドさんは、燕尾服の換えは何着かありますか?」
「いいえ、この一着しか持ち出せず……」
困り顔で答える老執事さん。
そうだよね、持ち物は小さな鞄だけだったから、最低限の着替えのみよね。私もこのお屋敷に来た時は着の身着のままで、実家から持ち出せたのは肌着数枚しかなくて、お給金を貰うまでは服や日用品に苦労しました。
「では、お屋敷にある執事服をお使いになりますか? 少しサイズを直せば着られると思いますが」
私は前住民の置いていった衣類のことを説明する。
「それは大変ありがたいです」
ということで、早速クローゼットから三つ揃えの紳士服を引っ張り出す。
実はゼラルドさんに使ってもらっている部屋は、残された衣類や家具から推測するに、前住人家の執事が住んでいたと思しき一室です。上級使用人は家族と同等の部屋を宛てがわれることが多いです。
試着してもらうと、袖と裾が短くウエストがダブついてはいるのものの、着られないほどサイズが違うわけではなかった。
「これなら袖と裾をお直しすれば大丈夫ですね。ウエストも少し詰めておきます」
ジャケットの袖とトラウザーズの裾と後ろの縫い目を解き、長さを調整してアイロン掛け。ウエストはミシン縫い、袖と裾は手でまつり縫いにします。
ゼラルドさんに洗濯物のアイロンを掛けてもらっている間に、私はミシン作業。
「このお屋敷にはミシンまであるのですか」
手際よくシーツのシワを伸ばしながら、老紳士は感心する。
そうなのです。やたらと設備投資に力を入れているのですよ、この家。
ゼラルドさんの作業が終わる頃に、私もミシン縫いを切り上げる。まだ手縫いの箇所が残っているけど、それは後回しだ。
アレックスも交えてコーヒーとクッキーで一服してから、いよいよ夕食の準備。
今日のメイン料理はミートパイにします。
まず。小麦粉とバターを混ぜて、ポロポロの状態になったら水を加えて一纏めに。
パイ生地を休ませている間に、フィリング作り。
大鍋に挽肉と同量のみじん切り野菜を入れて炒めます。肉料理の時でも、なるべく野菜は多めに使っております。
「今日はパーティーでも開かれるのですか?」
膨大な量の食材に、目を白黒させるゼラルドさん。
「いえ、これが普段の一食分です」
「……まさか、今朝市場で買った食材を全部使い切ってしまうなんて……」
私の答えに、彼は呆然と呟く。
どうやら、数日分を買い溜めていたと思っていたようです。
……まあ、最初は驚きますよね、この量には。
「ゼラルドさん、パイ生地の続きをお願いします。生地にバターを包んでローラーに通して伸ばして、三つに折りたたんでまた伸ばしてを六回繰り返してください」
「承知いたしました」
基本、料理は料理人か厨房メイドの役目なので、執事の彼には馴染みのない仕事だろう。それでも年下の私の指示にも嫌な顔一つせず従い、完璧に作業をこなしていく彼は、真面目で誠実な御仁だ。
そして、私の誕生日プレゼントになりそこねたパイローラーも、先日ガスターギュ家の厨房に恙無く搬入されました。
生地が完成したら、陶器のパイ皿に敷いて、フィリングを流し込みます。今回は大皿を三枚用意して、一つはプレーンなフィリング、もう一つは香辛料多めの辛口、最後の一つはチーズ入りにしました。量が多いと飽きるので、ちょっと味変です。おまけで小振りの耐熱皿にもミートパイを作って、オーブンへ。
「毎日この量を作っているのですか?」
石窯の火力を調整しながら、ゼラルドさんが訊いてくる。
「はい。今日はゼラルドさんが手伝ってくださったお陰で調理が捗りました」
いつもならシュヴァルツ様が帰るギリギリまで料理しているところだけど、彼にパイ生地を任せられたお陰で、その間に副菜のマッシュポテトとブロッコリーのサラダの二品が作れた。
ああ、人手があるって素晴らしい!
「あ、オーブンの火加減見ていてもらえますか? 私、ちょっと縫い物の続きやってきちゃいますね」
「は、はあ……」
オーブンの前にスツールを置いて、私は厨房を出る。
ゼラルドさんは何か言いたげだったが……結局口を開かずスツールに腰を下ろした。
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