第116話 ガスターギュ家の使用人(6)

「ミシェルの作ってくれた手袋、すごい使いやすいよ」


 口の中のソーセージを飲み込んで、アレックスは話しかけてくる。

 食事が始まってから数分。

『肘をつかない』『噛んでいる時は口を開けない』『口に物が入った状態で喋らない』『よく噛む』『背筋を伸ばす』『座っている時に足を広げない』

 ゼラルドさんがビシビシ注意するお陰で、彼女の食事マナーは目覚ましく改善されてきています。

 ……これ、シュヴァルツ様が皿からスープを直飲みするところを目撃したら、ゼラルドさんの血管切れるんじゃないかしら?

 そんな状況にならないよう祈ります。

 私は一つ頭を振って、アレックスとの会話に意識を戻す。

 彼女が言っているのは、先日私があげた作業用の帆布製手袋のことだ。


「オレ、手が小さいから店で売ってる手袋だと指が余っちゃって使いづらかったんだ」


 解る。私も既製品に合わない体型だから、自分にぴったりの物って嬉しいよね。


「これと同じで親指と人差し指の先を切った手袋ってできる?」


「ええ。型紙はあるからまた作れるよ」


「助かる! 細かい作業は指先で確かめられると便利なんだよな」


 若くても職人。自分の仕事にはこだわりがあるようです。


「お屋敷内では『オレ』ではなく『わたし』か『わたくし』と言いなさい」


「一人称が『それがし』の奴に言われたくねーよ。シュヴァルツ様だって自分を『俺』って呼ぶもん」


 ダメ出しの止まらないゼラルドさんに、アレックスは舌打ちする。

 ……お願いだから、仲良くしてください。

 シュヴァルツ様が帰ってくる前に、私の胃の腑に穴が開きそうです。


「ミシェル殿、紅茶のおかわりはいかがですかな?」


「はい、頂きます」


 私が空のカップを差し出したその時、


「クシュッ」


 不意に冷たい風が吹いて、私は小さくクシャミした。


「大丈夫ですか?」


「ええ、ちょっと冷えたみたいで」


 秋になって、段々と気温が下がってきた。

 苦笑する私にゼラルドさんは気遣わしげに眉根を寄せてから、「暫しお待ちを」と屋敷に入っていった。戻った時に手にしていたのは、柔らかい色合いのストール。


「こちらをお使いください」


 反射的に受け取ったものの、戸惑ってしまう。


「ありがとうございます。あの、これは……?」


「あの時のお詫びとお礼に。次にお会いした時に渡そうと思っていました。以前お借りした物は汚れで処分してしまったので、好みに合うといいのですが」


「あ……」


 あの時のストールの代わりか。そんなの、気にしなくていいのに。でも、


「では、遠慮なく頂きます。素敵な柄ですね。気に入りました」


 喜んで貰ってしまった方が、ゼラルドさんも安心するだろう。にっこり微笑む私に、ゼラルドさんも眉尻を下げる。


「お、先輩に付け届けなんて、殊勝な新人じゃん」


 私達のやり取りを、事情を知らないアレックスが揶揄する。


「オレも寒いんだけど、なんかくんないの?」


 横柄な少女に、老執事はすっと彼女の持ってきた藁山を指さした。


「アレの中に潜っていれば暖かいかと」


 ……。


「ミシェル、こいつ性格悪いよ! 追い出してよ!」


「ミシェル殿、使用人の品位はお屋敷の品格。雇う人間を考えなくては」


 途端にいがみ合うアレックスとゼラルドさん。間に挟まれた私は、涙目でオロオロするしかない。


 ……シュヴァルツ様、早く帰って来てくださいぃ……っ!

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