第118話 ガスターギュ家の使用人(8)
「はい、今日もお疲れ様」
「わーい! ありがとー!」
日暮れ前、アレックスに日当と二人前のミートパイを包んだバスケットを渡して、本日のガスターギュ家の庭園管理業務は終了。
跳ねるように街の方へと駆けていく少女を見送ってから、シュヴァルツ様が帰って来るまでにダイニングのテーブルセッティング。
私的に、このお屋敷の業務で一番の比重を置いているのは、ディナータイムです。
お腹を空かせて戻ってきたご主人様に、いかに味も量も満足して頂ける料理を提供できるかが、私の最大の懸案事項です。正直、朝から晩まで毎日夕飯のメニューを考えていると言って過言ではありません。次点は朝食です。
カトラリーを並べていると、玄関から音がする。
「おかえりなさいませ」
すかさず駆けつけて、使用人二人でお出迎え。
「上着とお荷物を。居間で食前酒などは?」
「いや、すぐに飯にする」
流れる動作でシュヴァルツ様から鞄を受け取るゼラルドさんに、私は一歩出遅れてしまった。
……その役目、いつもは私なのですけど……。
なんて、張り合う心は胸に収めておきます。人間関係は最初から噛み合うものじゃないから、少しずつすり合わせてお互いの居場所を確立しなくては。
夕食は昨日と同じ席順で座って頂きます。
「僭越ながら、貯蔵庫から料理に合うワインを選ばさせて頂きました」
ゼラルドさんが優雅にワインをグラスに注ぐ。私はお酒の知識がからきしだから、こういうサーブの仕方は勉強になる。
「いい匂いだな」
三つの大皿から香り立つ湯気に、シュヴァルツ様がごくりと喉を鳴らす。
「今日はミートパイです。パイ生地はゼラルドさんに作ってもらいました」
ナイフで大ぶりのピースに切り分けて、マッシュポテトと共にお皿に盛り付ける。香ばしい焦げ目のパイが食欲をそそる。
一口頬張ると、パイのサクッとした歯ごたえと溢れ出す肉汁が合わさって、絶妙なハーモニーを奏で出す。
「某はミシェル殿の指示に従っただけのこと。ミシェル殿の料理の腕前は王都一等地のレストランのシェフと並びますぞ」
ほ、褒めすぎなんですけど!
ゼラルドさんのお世辞に、シュヴァルツ様も鷹揚に頷く。
「まったくだ。ミシェルの料理は美味い」
だから、自分のことのように威張るのはやめてください。
褒められることの少ない人生だったので、こういう時どんなリアクションをしていいか解らなくて、私はもじもじ俯いてしまう。
「お」
パイの1ピースをほとんど一口で口に入れた将軍が眉を跳ね上げた。
「小さい茹で玉子が入っていた」
「あ、それ当たりです」
「当たり?」
「
といっても、玉子は5個混ぜたし、シュヴァルツ様はお料理の3分の2は食べるから、高確率で当たる計算ですが。
でも、
「そうか、俺は運がいいのか」
シュヴァルツ様が無邪気に喜んでくれたので、出来レースなことは内緒です。
因みに、私とゼラルドさんのパイにも茹で玉子は入っていましたが……。こっそり目配せし合ってから、黙々とお腹に収めました。
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