第115話 ガスターギュ家の使用人(5)

 お昼ご飯は竈に火を入れたくないので、朝食の残りや古くなってきた保存食をアレンジすることが多い。

 今日のメニューは薄いパンケーキにスモークソーセージとチーズとレタスを巻いたラップサンド。

 燻製器付きの屋外グリルを買ってもらったので、肉も魚もいぶし放題で常備食作りが捗ります。シュヴァルツ様の晩酌のお伴にぴったりです。


「ゼラルドさん、お昼ご一緒にいかがですか? お外に食べに行かれても構いませんが」


「では、お言葉に甘えてご馳走になります」


 ということで、午前の業務を終えたガスターギュ家の使用人は昼休憩に入ります。

 テラスのテーブルセットに食事を運んで、暫しのリラックスタイム。


「ひゃー! 今日も美味そう!」


 畑仕事の中断し、泥だらけで駆け寄ってくるアレックス。躊躇いなく皿に伸ばされた手に、


「こら! まずは井戸で手を洗う! それから食事はちゃんと椅子に座って摂りなさい!」


 すかさずゼラルドさんの叱咤が飛ぶ。


「もう、いちいち面倒くさいジジイだなっ」


 アレックスはぶつくさ唇を尖らせながらも、言われた通りにする。

 ……二人の空気が殺伐としていて、こっちがハラハラしてしまいます。


「お食事はミシェル殿に作っていただいたので、お茶はそれがしが」


 ゼラルドさんが率先してアルコールランプで湯を沸かし、ティーセットを準備する。茶葉の入ったティーポットに湯を注ぎ、砂時計をひっくり返す。この砂時計は彼の私物で、違う秒数の物を幾つも持っていて茶葉に合わせて使い分けているそうだ。


「じーさん、ベテラン執事って外見なのに、時間計らないと紅茶も淹れらんねーの?」


 頬杖をつきながらラップサンドをぱくつく少女に、年配の男性は淡々と答える。


「先人が試行錯誤し形式を整え、現代まで受け継がれた知識には意味があります。自己流を生み出すには、まず基本を極めること。某は四十年紅茶を淹れ続け、悟りました。某の求める最良は基本に忠実であることだと。湯の温度、茶葉の量や銘柄による蒸らし時間。それらを完璧にする為には砂時計道具も使います」


 砂時計が落ちきると、茶漉しを載せたサーブ用ティーポットに紅茶を移す。最後の一滴ベストドロップまで注ぎ終えると、最後に三つのカップに分け入れる。


「お客様に最高の状態で飲んで頂くための最良の淹れ方、それが黄金律ゴールデンルールです」


 優雅な手付きでティーカップが各自の前に置かれる。


「はっ! 偉そうに。紅茶なんて、どれもおんなじ……」


 鼻で笑いながらぞんざいに砂糖を入れてかき混ぜ、カップに口をつけたアレックスの動きが止まる。

 私もハンドルをつまんで顔の前までカップを持ち上げた。綻んだばかりの花のような鮮烈な香り。一口含むと、口いっぱいに広がる茶葉の甘みと角のないまろやかな渋み。普段からよく使っている茶葉なのに、淹れる人に因ってこんなに違う物になるのか!


「とっても美味しいです、ゼラルドさん」


 大絶賛の私に、老紳士は当然ですとばかりにすました顔で片目を瞑った。

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