第114話 ガスターギュ家の使用人(4)
庭仕事はアレックスに任せて、私とゼラルドさんは屋敷の掃除に取り掛かる。
まずは家の顔である玄関から。埃を払い、扉を磨き、床を掃いていく。背の高いゼラルドさんがいると、高い梁のハタキ掛けが楽で助かります。
「こちらのお屋敷には、ミシェル殿と庭師の他に、あと何名使用人がいるのですか?」
真鍮のドアノブを丁寧に磨きながら、ゼラルドさんが訊いてくる。
「私とアレックス、それにゼラルドさんを入れて三人です」
「なんと! この規模の屋敷を今までたった二人で維持してきたと!?」
「家の中の仕事は私だけです」
私の返事に、他家の元執事は絶句する。
……まあ、この規模なら十人いてもおかしくないですからね。
「ミ、ミシェル殿はこちらに勤められて何年でしょうか?」
ゼラルドさんは引きつりながらも話題を変えるが、
「二ヶ月ほどです」
私の回答に更に言葉を失う。
……私も日数よりも濃い経験をさせて頂いております。
白髪の紳士はふっとため息をつきながら、
「ミシェル殿がこちらに来た経緯をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。人材派遣業者の紹介ですよ」
特に隠すこともないので正直に答えると、彼は黒い目を丸くした。
「人材派遣……ですか? 失礼ながら、ミシェル殿は高貴の出とお見受けしますが」
あ、やっぱりそういうの判るんだ。私も雰囲気で判るもんね。
でも、私が淑女教育を受けていたのはもう十年前のこと。幼少期は家庭教師がついていて、中等部から貴族学院に通う予定だったけど、祖父が亡くなってからは入学の話は立ち消え。その後は市井に働きに出て家計を助けていたから、庶民生活の方が長い名前だけのご令嬢だ。
貴族なのは父方だけで母は平民だし、私自身は社交界デビューもまだだったしね。
とはいえ、祖父が縁あって息子の妻にと連れてきた女性──私の母──は、正直父より貴族然とした人だった。私が社会に出ても困らない程度の教養を身につけられたのも母のお陰だ。
「一応、貴族の地位に籍を置いていますが、実家は没落寸前でして。私が働きに出ているのです」
私は苦笑で答える。
嘘は言っていない。下級貴族の子女が上級貴族の家に奉公に出るのは珍しいことじゃないしね。
「左様でございましたか……」
複雑そうな表情で押し黙るゼラルドさん。私もこれ以上の詮索は困るので、黙々と作業を続けた。
玄関が終わったら、一階の掃除。毎日使う居間や食堂は念入りに。応接室や書斎は二日に一回ペースだけど、今日は人手があるから全部綺麗にしてしまおう。
本当は部屋数的に二手に分かれた方が効率的なんだけど、初日は間取りや備品の配置を覚えてもらう意味があるので、二人で一部屋ずつ片付けていく。
でも、ゼラルドさんは流石ベテラン執事さん。食器や調度品の知識や扱いは私より数段上手だ。経験者の存在ってありがたい。
「一階が済んだら、二階のお部屋です。お掃除はなるべく午前中に終わらせたいです。私とゼラルドさんの個室は各自で。シュヴァルツ様のお部屋は許可を貰っているので、二人で入りましょう。脱ぎっぱなしの衣類があれば回収して……」
床を拭き終えた私がモップを持って振り返ると、ゼラルドさんが雑巾片手に鹿爪らしい顔で私を見ていた。
「あの……なにか?」
首を傾げる私に、彼は眉間にシワを寄せて、
「ミシェル殿はいつも一人でこの作業を行っているのですか?」
「はい。そうですけど……」
私が頷くと、ゼラルドさんは小さくため息をついて、バケツの水を換える為に去っていく。
……何か言いたげだったけど……何だったんだろう?
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