第96話 ミシェルとアレックス(1)
翌日。
シュヴァルツ様が出勤したすぐ後に、宣言通りアレックスはやってきました。
「おはようございます。今日もよろしくね」
門の前で塗料を渡す私に、彼女は零れ落ちそうなくらい目を見開いて――
「あんた、使用人だったのかよーーー!!」
――盛大な叫び声を上げた。
「綺麗な
「まさか、ただの使用人ですよ」
……まあ、昨日の私は
アレックスは、きっちりまとめ髪を白いキャップに収めたメイド姿の私を頭のてっぺんからつま先までしげしげと眺めて、
「……もしかして、旦那の愛人?」
「違います」
ストレートに失礼な
「今日はお父様はご一緒じゃないの?」
「ああ」
私の問いに、アレックスは脚立を広げながら答える。
「あの飲んだくれは日の高いうちは起きてこないよ」
この屋敷の前家主の庭師だったというアレックスの父。娘の作業を手伝うなら同等の給金を出してもいいとシュヴァルツ様から許可は頂いているのだけど……。なかなか上手くいかないっぽい。
「なにか、私に力になれることはある?」
「なにも。これはうちの問題だから」
拒絶されると、それ以上言及できない。
……私も、実家のことは他人に話したくないもの。
「じゃあ、私は中で仕事してるから、なにかあったら呼んでね」
「おう」
サビ止めを塗り始めた少女に声をかけ、私は屋敷に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
洗濯物を干して玄関周りを掃除すると、もう大分日が高くなっていた。
「アレックス、休憩しない? 冷たい飲み物とお菓子置いておくね」
「うん、さんきゅー」
作業を続けるアレックスに声を掛け、近くに水出しミントティーとクッキーを載せたトレイを置いておく。
屋敷に入って、居住スペースの掃除をして食材の買い出しから帰ったら、もうお昼。
「アレックス、お昼ご飯食べない?」
「いいの? 食う、食う!」
……ということで、瞳を輝かせてコクコク頷く彼女と一緒に玄関ポーチに座ってランチ。
お部屋で食べないのは、シュヴァルツ様にまだアレックスは家の中に入れるなと厳命されているから。将軍の中では、庭師の娘の強盗傷害罪はまだ執行猶予状態らしいです。同様の理由で、お庭の罠の配置もまだ彼女には教えていません。
『他人の信用を得るのは難しい。一度失った信用ならば、尚の事』
というのがシュヴァルツ様の弁ですが……。
試しに『でも、私は雇ってもらった当日に金貨の山を見せられましたよ?』って
「ごちそーさん!」
スクランブルエッグと生ハムのサンドイッチと人参ポタージュを平らげたアレックスは、ズボンの埃を払って立ち上がる。
「んじゃ、作業に戻るよ。今日中に終わりそうだ」
「がんばって」
私は柵の方へと駆けていく彼女の後ろ姿を見送って、午後の家事を始めた。
細々とした雑事をこなし、取り込んだ洗濯物を畳んだ後は、夕食の支度。
材料を切って鍋で煮込んでいる間に、小麦粉を捏ねる。パン生地の発酵の間に副菜を二品。発酵が終わったら成形したパン生地をオーブンに入れて、ついでにデザートも一緒に焼いて……と、している間にもう夕方近く。
「アレックス! 一休みしない?」
もうすぐ柵の外周を一回りしそうな位置でハケを動かす少女に呼びかける。
「色々な種類のスコーン焼いたの。どれがいい? プレーン、チョコ、ナッツ、バナナ、チーズ、ミント、ドライフルーツ、紅茶、コーヒー、ブランデー……」
「ちょ! 多い、多い!」
ナフキンを敷いた籐のカゴいっぱいのスコーンを見せる私に、アレックスは狼狽えながら叫ぶ。
「どんだけ焼いてんだよ! 店でも出す気か!? ってか、さっきっからあんた、
「えぇ!?」
……よもや
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。