第97話 ミシェルとアレックス(2)

「終わったよー!」


 アレックスがそう声を掛けてきたのは、日暮れ前のこと。

 ピカピカの槍柵を背に、彼女はどんなもんだと胸を張る。


「綺麗になったね。ありがとうございます」


 敷地の囲いは外から一番見られる場所だから、見栄えが良い方が嬉しい。


「では、こちらご主人様から預かった報酬です」


 小さな革袋を渡すと、その場で中身を確認したアレックスが眉を跳ね上げる。


「あれ? 一枚多い!」


「期限より早く終わったので、色をつけておきました」


「そっかー! ありがとー! でっかい旦那にもよろしくー!」


 臆面もなく大はしゃぎするアレックス。本当に、この子は物怖じしないなぁ。


「あとこれ。夕食にお父様とどうぞ」


 差し出した蓋付きのバスケットの中には、焼き立ての丸パンブールと煮物の入った小鍋。アレックスはそれも喜んで受け取ってから、ちょっと困ったようにもじもじと、


「あのさ……。こういう頼みをするのは図々しいって解ってるんだけどさ……」


 彼女らしくない歯切れの悪さで、


「これからも……オレのこと雇って欲しいんだ。庭仕事だけじゃなく、どんな雑用でもやるから! 給金は……あんま安いと困るけど、そこそこなら我慢するからさ!」


 ……お、おおぅ。いろいろとどストレートな娘さんだ。

 でも、私も彼女くらいの年には働いていたから、職探しの難しさは身に沁みている。だから、その点もシュヴァルツ様にご相談済みだ。

 不安そうに上目遣いで窺ってくる少女に、私はゆっくり口を開いた。


「お庭の一角に菜園を造る計画があるのです。それを手伝っていただけますか? 日当は銀貨四枚で」


 途端にぱあっとアレックスの表情が明るくなった。


「やる! オレ、それやる! ヤッター!」


 少女は喜びを隠さず飛び跳ねる。そんなに振り回したら煮物の汁、零れる。零れるからっ。

 しかし、一頻り大騒ぎしたアレックスははたっと正気に戻って私を凝視する。


「でも貴族屋敷に畑を造るなんて……この家、もしかして貧乏?」


 ……ほんっと歯に絹着せぬ子だな。

 私は苦笑してから、表情を引き締める。


「アレックス」


 声を鎮め真っ直ぐに彼女と目を合わせる。


「このお屋敷の当主、シュヴァルツ・ガスターギュ様は我が国の将軍です。爵位こそないものの、おおやけの待遇は貴族と同等。敬称も閣下エクセレンシィです。当屋敷で働く以上、常にシュヴァルツ様への敬意を胸に、自身の品位を磨く努力をしてください」


 アレックスは大袈裟なと笑いかけたが……。私の真剣な表情にごくんと軽口を飲み込んだ。


「解った。……いえ、解りました。このお屋敷の使用人として恥じぬようがんばります」


 シャキッと背筋を伸ばす。

 うん、よろしい。

 子供とはいえ、身分制度のあるこの世界では線引が大切だ。


「ええと、あの、ミシェルさん。いえ、ミシェル様?」


 急に狼狽えだした少女に、私は笑ってしまう。


「ミシェルでいいよ。私とアレックスは使用人同士だから」


 わざと砕けた口調に戻す。実は私も貴族なのだけど、それはややこしいから言わないでおく。


「じゃあ、ミシェル。これからもよろしく……お願いします」


「はい、よろしくお願いします」


 握手を交わし、微笑み合う。

 ガスターギュ家に、新たな使用人が増えました。

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