第60話 ミシェルの提案(2)

「家令?」


 オウム返しするシュヴァルツ様に、私は頷く。


「このお屋敷には、財務を管理する人間が必要だと思うのです」


 ……正直、将軍の金銭感覚は危険だ。

 自分が必要だと感じた物にはお金を惜しまない。それは多分美点でもあるのだけど……。邸宅やミシンを即金で買っちゃう瞬発力は恐怖の域だ。

 私は毎日の出費を記録してシュヴァルツ様に提出しているんだけど、その帳簿を確認しているところを見たことがない。

 多分、自分がどの程度の資産を持っているか把握していないと思う。なんなら、書斎の金貨を一袋くらい隠しても気づかないだろう。

 将官なので軍部からも相当な給金をもらっているはず。でも……。


(シュヴァルツ様って、貯蓄の概念がないんだよね)


 ……それは由々しき事態だ。

 きっと、明日失業したとしても、向こう百年は働かなくても暮らしていける資金はある。だけど、できればきちんと毎月の支出を管理して頂きたい。

 そして、金貨はちゃんと保管して頂きたいっ!

 そのためには財務を担当できる人材が欲しいのです。

 私の主張に、彼は上目遣いに考えて、


「その役、ミシェルはできないのか?」


「無理です」


 即答する。

 テナー家ではすべての財産は父が管理していたので、私には財務の知識がない。日々の買い物にも最低限の小銭しか持たされず、小遣いもなかった。

 ……だから、父が投資に失敗して借金を抱えていたことも、私名義の個人資産が奪われていたことすら気づけなかったのだが。

 因みに、実家には祖父の父の代から仕えてくれていた高齢の家令がいたけど、祖父の死後、父が追い出してしまいました。……誰も諌める者のいなくなったテナー家の転落はそこから始まったのですが。


「差し出がましいことを申しますが、今、この屋敷にある資金は然るべき機関……銀行等に預けた方がいいと思います。私は口座を作るところまではお手伝いできると思いますが、それ以上の管理となると力不足です」


 あれだけの資産を預ければ、銀行との取引も多くなるだろう。その時私ではガスターギュ家の窓口にはなりえない。今から勉強することもできるけど、メイドとしての業務が疎かになったら本末転倒だ。容量以上の仕事を抱え込まない。分業大事。


「それに、家令は当主の相談相手……ええと、軍師や参謀の役割もあります。私とは違う視点でシュヴァルツ様をお助けできるかと」


 私は追随するばかりだから、他の意見もあった方が良い時もあるかも。


「軍師か……」


 シュヴァルツ様は感慨深げに指で唇をなぞる。


「確かに俺は資金繰りが下手だな。長く俺に付いていた軍師は物資や資金調達の得意な奴で、よく俺の無謀さを諌められてたよ」


「軍師様ですか?」


「悪魔的に頭が良くてな。下手に出世してしまった若造な俺に『威厳がない!』と言葉遣いまで変えさせるような奴だった」


 だからシュヴァルツ様はお若いのに大仰な喋り方なのですね。

 ……あ、でも、ということは……。


「その軍師様は、どこにいらっしゃるのですか?」


 話しぶりからもシュヴァルツ様が信頼している方らしいから、その軍師様に家令になってもらえば……!

 ……と思ったのですが。


「死んだ」


 淡々と告げられた事実に、息を止める。


「……申し訳ありません」


「? 何を謝る必要がある?」


 項垂れた私に、シュヴァルツ様は事も無げに頬杖をついた。

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