第59話 ミシェルの提案(1)

「あの、シュヴァルツ様。お話があります」


 紅茶を一口飲んでから、私は切り出した。彼はビスコッティを咥えたまま、ん? と振り返る。


「この前、新しい使用人は雇って欲しくないって言いましたけど……」


「ああ、ミシェルだけで事足りるなら、他に入れる予定はない」


 何故蒸し返すのだと不思議顔の彼に、私は意を決して、


「やっぱり、私以外の使用人も必要だと思うんです」


 シュヴァルツ様は眉を跳ね上げる。


「どうしてだ? お前がいらないと言ったのだろう?」


 ……そうなのです。そうなんですけどっ!


「あの時は感情に任せて不適切な発言をしてしまって、申し訳ありませんでした。でも、冷静になってみると、私だけではお屋敷の運営に支障を来す業務もありまして……」


 人が増えると居場所を失いそうで怖い。そんな不安は常に付き纏っているけど。私のつまらない吝嗇で、これ以上シュヴァルツ様にご迷惑を掛けるわけにはいきません。


 ――今回の件で、私は痛感した。


 シュヴァルツ様が私の話を聞いてくれたのは、今までの仕事ぶりを彼が認めてくれていたからなのだと。

 私はガスターギュ家の使用人。いくら当主様が寛容だからって、優しさに甘えて仕事を疎かにしたら、次こそは解雇されてしまうだろう。

 人の心は変わるもの。だから私は初心に立ち戻って、誠実に職務に向き合わなきゃならない。

 そのためには……。


「まず、使用人には階級がございます」


 私はシュヴァルツ様のカップに新しい紅茶を注ぎながら解説する。


「使用人の頂点は家令ハウススチュワート、次いで執事バトラーです。お屋敷の規模によっては、家令と執事を兼任することもあります。家令は主人の世話や使用人の統括管理だけでなく、屋敷や領地、財産の管理まで行います」


 ガスターギュ家には領地はありませんが。


「ほほう」


「そして家政婦ハウスキーパー女中メイド。家政婦は女性使用人の最高位で、文字通り家政を取り仕切り、他の女性使用人を教育します。メイドは厨房女中キッチンメイド洗濯女中ランドリーメイドなど、それぞれの職種に合わせて決められた業務をこなします。当家は家政婦と女中の仕事を私一人で行っている状態です」


「ふむふむ」


「あとは、従僕フットマン従者ヴァレット庭師ガーデナーなどもいますが、それは割愛します」


 私はコホンと咳払いして、本題に踏み込む。


「この一ヶ月、私はお屋敷の家事を一人で回して来ました。つまり、今の状況が変わらなければ、この先もお屋敷の快適さアメニティメイド一人で維持できます」


 それは、自惚れではなく事実だ。


「しかし、シュヴァルツ様がこの先も長くこのお屋敷で暮らしていくのなら、社交的な行事も増えることでしょう」


 シュヴァルツ様は将軍。爵位がなくても貴族待遇には違いない。自分が望まなくても、地位のある者には人脈人付き合いができるもの。


「お屋敷に人の出入りが多くなれば、私も対応しきれなくなると思います。その時は下働きの者を増やさなければなりません」


 彼はほむと顎に手を当てる。


「俺は社交が苦手だから、そうそう客が来ることはないと思うぞ?」


 トーマスは勝手についてきただけだし、と付け足す。


「ええ。ですから、そちらは将来的であって、今すぐ着手しなければならない案件ではありません」


 低級使用人はなり手の多い職だから、人員補給は容易でしょうし。


「でも、我が家には、私では担えない業務をこなせる人材がどうしても必要なのです」


「それは誰だ?」


 訝しげに眉を寄せるシュヴァルツ様に、私は神妙に答えた。


「家令でございます」

 

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