第52話 慟哭(1)
夕食の時間は、一日の中で一番好き。
終わったら片付けて寝るだけだから、後のスケジュールを気にせず、ゆったりのんびり食べられる。
向かい合ってシュヴァルツ様と会話できるのもいい。
変わらない毎日の、至福の一時。
永遠に続くとさえ錯覚していた穏やかな日々。
でも……。
失って、初めて気づく。……現実は、そんなに甘くないって。
「今日はいい鯛があったので、アクアパッツァにしてみました!」
「おお、美味そうだな」
大皿に盛られた鯛丸ごと一尾の煮込み料理に、シュヴァルツ様がゴクリと喉を鳴らす。
ワインは辛口の白をご用意してありますよ。
骨が入らないよう大きな切り身を取皿に分けて、揃って食べ始める。一緒に煮たトマトやパプリカに魚の旨味が滲みて抜群に美味しいです。
「王都で初めて赤い魚を見た時は驚いた。前線基地周辺には海がなく、川魚は地味な色ばかりだったからな」
王都は海が近く交通の便がいいので、色々な魚が市場に並びますからね。地元を離れたことのない私には、遠い土地から来たシュヴァルツ様の話は興味深いです。
「前線では、どんなお魚が獲れたんですか?」
「フナやナマズ、ドジョウなんかだな。どれもヌルヌルしていて捕まえるのに苦労した」
「シュヴァルツ様は釣りをなさるんですか?」
「釣りというより、沼地に飛び込んで手掴みするんだ。夏場は涼しいぞ」
「えぇ!?」
私は泥んこで巨大ドジョウと格闘する将軍を思い浮かべる。なんか、おとぎ話の一節に出てきそうな対決だ。
勝手に牧歌的な画を想像して和む私に、
「ミシェル、……話がある」
シュヴァルツは急に神妙な顔で切り出した。
「なんでしょう?」
ただならぬ雰囲気に、私も居住まいを正す。
「ここに来てから一ヶ月、ミシェルはよく俺の世話をしてくれた。感謝している」
改めて言われると、じんっときちゃうな。
「それほどでも……」
こそばゆくて身動ぎする私に、シュヴァルツ様は続けて……思いも寄らない言葉を発した。
「だからお前に、休暇をやろうと思う」
……え?
「ずっと働き詰めだったからな。実家に帰ってしばらく羽根を伸ばすといい」
「……実家、ですか?」
呆然と聞き返す私に、彼は鷹揚に頷く。
「そうだ。好きなだけ戻るといい。それから、使用人を増やそうと思う。これまで一人で大変だっただろう……」
――視界が
水に沈んだ時みたいに音が耳の奥でくぐもって反響してよく聴き取れない。
シュヴァルツ様は何を言っているの?
……休暇……実家……使用人を増やす……。
断片的な単語が頭をぐるぐる駆け巡る。
「家のことは心配するな。お前がいなくても……」
「……いや」
息が苦しい。頭が真っ白になる。
「……ミシェル?」
怪訝そうに顔を覗き込んで来た彼に、
「そんなの、いや!」
私は我を忘れて叫んでいた。
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