第51話 将軍の相談(2)

「では、戦略を変えましょう」


 一息ついて、俺は仕切り直しする。


「『女性』の好むプレゼントを考えるからややこしくなるのです。『ミシェルさん』の好きな物を考えれば、自ずと答えは出るはずです」


「うむ。道理だな」


 同意を得て、俺は質問する。


「では、ミシェルさんの好きな色は?」


 好みの色やデザインが解れば、プレゼントの傾向が絞り込めるぞ。

 ガスターギュ将軍は黒目を左上に上げて記憶を辿り、


「この前、緑色の服を作っていた」


 お、有力情報。自分の服は自分の好きな色で作るよな。ってことは、使用人ミシェルは緑が好き、っと。

 俺は心の中にメモりながら、ふと、嫌な予感が脳裏を掠めた。……まさかとは思うが……。


「閣下、あれ、何色に見えますか?」


 確認を込めて、俺は窓の外の青々と生い茂った欅の葉を指差す。


「緑」


 上官はこともなげに答える。


「これは?」


 今度は暗い深緑色のレザーのブックカバーを見せる。


「緑」


「これは?」


 明るい黄緑のハンカチ。


「緑」


 ……。


「だ、ダメだあぁぁぁっ」


 俺は絶望に頭を抱えて膝をつく。

 この人、感性と語彙力が壊滅的だ。大雑把すぎる。これでは、ミシェル嬢がどの彩度の緑が好きか判断できないじゃないか。


「どうした? トーマス。頭痛か?」


 打ちひしがれる俺に、気遣わしげに声を掛けてくるガスターギュ将軍。あんたのせいだよ。


「……判りました」


 俺は諦観しながらすっくと立ち上がる。


「形あるものに拘るのは終わりにしましょう。プレゼントは贈る者の想いです。物質である必要はない」


「というと?」


「ずばり、時間です」


 俺はビシッと人差し指を立てた。


「時間には金品と同様の価値があります。ミシェルさんに時間をプレゼントするのはいかがでしょう。例えば、休暇をあげるとか」


 俺の提案に、彼は首を捻る。


「休暇? 週に一度は休息日を設けているぞ」


「それは定休日ですよね。俺が言ってるのは纏まった日数の休暇のことです。ミシェルさんは若いのに親元を離れて住み込みで仕事をしているんでしょう? たまには実家に帰りたいのでは?」


「……そうか、ミシェルには家族がいるのか」


 目から鱗という感じで将軍が呟く。天涯孤独の彼は、離れて暮らす家族の存在にまで思い至らなかったらしい。


「因みに、ミシェルさんのご実家はどこですか?」


「王都らしいが、詳しくは聞いていない」


「同じ都市内なら、帰省が楽でいいですね。あの屋敷を使用人一人で維持するのは大変ですから、ちゃんと休ませてあげないと」


「……そうなのか?」


 怪訝そうに聞き返す将軍に、俺は当然ですと頷く。


「ガスターギュ閣下のお家の規模なら、普通は5~10人の使用人が必要ですよ。一人であれだけ家屋を手入れできるなんて凄いですよ」


 庭は荒れてたけどね。


「……そういえば、ミシェルを雇った時、他の使用人がいないことに驚いていたな。その後、不満を言われたことがなかったから気づかなかったが、それほど負担を掛けていたのか……」


 愕然と肩を落とす将軍。

 ……ガスターギュ閣下は一般人として日常生活を送ってきた経験がないから、我々が『常識』だと思っている知識が抜け落ちている。貴族の暮らし方となると尚の事だ。

 でも、基本的に理解力も行動力もあるから、納得の行く意見や要望はすぐに聞き入れてくれるんだよね。ただ、歪曲な表現や心の機微を読み取るのは絶望的に下手だけど。

 そこらへんの舵を上手く取るのが、将軍補佐官おれの腕の見せ所だ。


「ありがとう、トーマス。参考になった」


「いいえ。またいつでもお聞きください」


 目を見て謝意を伝える上官に、俺は鼻高々だ。


 ……しかし……。


 この助言がガスターギュ邸に波乱を巻き起こすなんて……今の俺には知るよしもなかった。

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