第10話 朝食(準備)

 使用人の朝は早い。

 東の空が白みかけた頃、一番鶏の鳴き声と共に起きて、朝食の仕込み。

 ふあー! いっぱい食べてフカフカのベッドで寝たから、体が軽い! いつもはだるくて起き上がるのも辛かったのに。

 昨日買った小麦粉でパン作り。昨日、粉屋さんにイーストを分けてもらったけど、後で自家製イーストも仕込んでおかないと。


「んっしょ。んっしょ!」


 パン生地を捏ねるのは、かなりの重労働。


「よしっと」


 一纏めにした生地を一次発酵させている間に、市場へお出掛け。

 案の定、朝市が出ていたので卵とベーコンの塊と野菜を買う。昼間にもう一度市場に行く予定だから、朝の買い物は少なめ。

 代金は、買い物用にとシュヴァルツ様から預かったお金で支払う。

 ……昨夜、家に帰ってから、「生活に掛かる費用はここから出すといい」と言われて書斎に連れて行かれた時は、腰を抜かした。

 壁の隅に一抱えもある麻袋が20個ほど置かれていたのだから。しかも、すべてに金貨ぎっしり。一瞬、盗賊団のアジトに迷い込んだのかと思いました。

 報奨金の置き場がないから、一応鍵の掛かる部屋に仕舞っているといっていましたが……。全然仕舞っていません。床に放置です。早急に金庫か銀行に預けてくださいって懇願しちゃったよ。

 でも、あの邸宅いえには前住人の金庫があるんだけど、ダイヤル式の解錠番号が解らず。銀行は口座を持っていないそうだ。

 ……あとで一緒に銀行口座を作りに行ったほうがいいのかしら?

 でも、使用人がそこまで口を出すのは越権行為では……。

 でも、あんな麻袋と一緒に生活なんて、私の神経が擦り切れる。


「そもそも、執事でもない使用人に全財産開示しちゃうのは、どうかと……」


 買い物から帰った私が、成型したパンをオーブンに入れていると、


「何を独りでぶつぶつ言っているんだ?」


「ひゃあ!?」


 突然背後から声を掛けられ飛び上がる。振り返ると、人を二~三人食い殺したような凶悪な形相のシュヴァルツ様が立っていた。……寝起きがとても悪いらしいです。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「おはよう。ベッドが柔らかすぎて落ち着かん。無限に体が沈んでいく」


 ……私と同じ感想なのに、反対の理由で眠れないのですね。


「以前いらしたところでは、どんなベッドで寝てらしたのですか?」


 前線要塞と貴族屋敷では、寝具も違うものね。

 主人の快適な眠りを提供するのも、使用人の役目。ベッドのマットをお好みの硬さに調整しようと思ったのだけど……。


「板」


「……板?」


 それは……今のベッドに慣れて頂いた方がよろしいかと。


「もうすぐ朝食ができますので、テーブルでお待ち下さい。卵料理は何になさいますか?」


「何とは?」


 首を捻る彼に、私は説明する。


「ゆで卵、スクランブルエッグ、目玉焼き、オムレツ、ポーチドエッグがご用意できます」


「卵料理って、そんなにあるのか」


 シュヴァルツ様は面倒臭げに眉を顰めて、


「じゃあ、目玉焼き」


「畏まりました。では、種類は?」


「種類?」


片面焼きサニーサイドアップ両面焼き半熟オーバーイージー両面焼き黄身少し固めオーバーミディアムしっかり両面焼きターンオーバー更にしっかり両面焼きオーバーハード片面蒸し焼きベースドエッグ片目一個両目二個、三個以上でも……」


「待て待て待て!」


 シュヴァルツ様は突然頭を抱えて叫んだ。


「なんだ、その呪文は? 俺は目玉焼きの話をしていたんだよな?」


「はい、ですから……」


「いや、いい。今日は目玉焼きはやめておく」


「? ……はい」


 どうしたんだろ? 将軍って結構気分屋なのかしら?

 彼は顎に手を当てて思案する。


「ミシェルの好きな卵料理はなんだ?」


「私はオムレツでしょうか」


「じゃあ、それ作ってくれ」


「畏まりました」


 私は返事をしてから、


「では、具はどうしましょう? プレーン、チーズ、ひき肉、野菜、ポテト……」


「うがーーー!!」


 将軍は、とうとう頭を掻き毟って発狂した!

 ひぃっ、怖いぃっ。

 涙目の私の肩をガシッと掴んで、彼は切実に訴える。


「普通のにしてくれ、一番普通なヤツ!」


 ……プレーンオムレツでしょうか?


「はい、承知しました……」


 コクコク頷く私に脱力すると、将軍は「顔を洗ってくる」と厨房を後にした。

 ……なんか、酷くお疲れのご様子だったけど……。


「そんなに寝不足なのかしら?」

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