第7話 市場で

 やっぱりというか、がっかりというか。

 午後の遅い時間の市場は、生鮮食料品がほとんど売り切れていた。

 うう、肉も野菜も午前中に仕入れが終わっちゃうのよね。

 それでも、明日からの為に小麦粉や調味料は揃えておかないと。


「シュヴァルツ様、小麦粉を買いたいのですが」


 粉屋の前で立ち止まる。私はお金を持っていないので、ご主人様に出して頂かなきゃなんだけど……。

 彼は「ん」とぞんざいに革袋を私に差し出した。私はくくり紐を解いて、その中を覗き込み……、


「!?」


 ……びっくり眼で袋を閉じた。

 ななななんか金貨がいっぱい詰まってるんですけどっ!


「足りるか?」


「店ごと買い取る気ですか!?」


 平然と尋ねるシュヴァルツ様に、私は思わず突っ込んでしまった。


「一枚で、今日の買い物は十分お釣りが来ます。こんな大金、使用人わたしに渡してはいけません。盗られたらどうするのですか?」


 金貨を一枚だけ抜いて革袋を返す私に、彼は上目遣いに考えて、


「盗るのか?」


「盗りません!」


「では、預けても構わないだろう」


 ケロッと返す将軍に眩暈がしてくる。どうしてこの方は、こんなに危機感がないのだろう?


「私が言うのもなんですが、初対面の者をたやすく信じない方がいいですよ」


 あ、目上の方に意見しちゃった。生意気だって怒られるかな? 私が少し身構えていると、それでも彼は飄々と、


「誰彼構わずではない。俺は人を見る目があると自負してるんだ」


「……っ!」


 ……どうして、彼はそんなことを言うんだろう。実家では、自分が置き忘れた小銭でも、私が盗んだと継母に疑われて何時間もなじられたというのに。

 なんだか酷く……惨めになってしまう。


「粉はどれがいいんだ? 大きい袋の方が長持ちしていいだろう」


 シュヴァルツ様が一番大きな麻袋を肩に担いだので、私は悲鳴を上げそうになる。


「あ、あの! 私が持ちます! ご主人様にお荷物を持たせるなんて……」


 狼狽える私に、彼はすっと丸太のような腕を突き出した。


「俺の腕、お前と比べてどう思う?」


 どうって……?

 私は将軍の腕に私のそれを並べてみる。わ、全然違う。


「シュヴァルツ様の方が三倍くらい太いです」


 正直に述べると、彼は鷹揚に頷いた。


「そうだ。つまり単純に考えて、俺とお前とでは三倍は力の差があるということだ」


 ……いえ、実際は十倍以上あると思いますが。私の腕は骨と皮ばかりで、シュヴァルツ様みたいな引き締まった筋肉はついていないもの。


「ということは、ミシェルが持つより俺が持った方が、より多くの荷物が運べるということだ」


 その理屈は正しい。正しいけど……。


「でも、シュヴァルツ様は私のご主人様です。だから荷物は使用人わたしが持つべきです」


 それが上流階級の『正しさ』だ。

 しかし、


「解った。ではこうしよう」


 頑なな私に、将軍はぽんと手を打った。


「俺といる時は、ミシェルは重い荷物は持たない。これは命令だ」


「……え?」


ご主人様おれの命令には使用人おまえは逆らえないのだろう?」


「はい。そうです……けど……」


 そんなの、ありなの??


「支払いを済ませてくれ」


「え? あ、はい!」


 先に歩き出したシュヴァルツ様を、私は慌てて店主にお金を払って追いかける。


「次はどこだ?」


「えっと、乾物屋に……」


 彼は立ち止まって私を待って、歩幅を合わせて並んで歩いてくれる。

 ……なんでだろう?

 実家にいた時は、家族で買い物に行くと父は私に大量の荷物を持たせて誇らしげに前を歩いていたのに。


 どうしてシュヴァルツ様は、私の知っているどんな人とも違うのだろう……?

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